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OPINION2 お手本はある?自己努力で鍛えられる?“関わり合い”で高めるレジリエンス平野真理氏 お茶の水女子大学 生活科学部 心理学科 准教授

平野真理氏

「失敗」から学ぶには、失敗からいかに早く立ち直るか、という視点も必要だろう。
そこで注目したいのが、「心の回復力」「しなやかな強さ」などと訳されるレジリエンスである。
お茶の水女子大学准教授の平野真理氏は、レジリエンスは「個」のなかより、「関係」のなかに生じることが多いと説く。人が失敗から立ち直り、成長していける関係づくり、組織づくりとは。

[取材・文]=西川敦子 [写真]=平野真理氏提供

実は誤解だらけ?レジリエンスをめぐる言説

「成長のため、ビジネスパーソン一人ひとりが高めるべきライフスキル」などとされるレジリエンス。もともと物理学用語で、圧力を加えられた後、もとに戻ろうとするバネなどの動きに由来する。心理学では、「逆境に置かれても、致命的な状態に陥らずに回復・適応する力」と定義される。

お茶の水女子大学生活科学部心理学科准教授の平野真理氏は、「人によって理解のしかたは様々で、正解はない」と前置きしたうえで、次のように話す。

「物理学用語に由来していることからわかるように、レジリエンスは回復や適応のプロセス、つまり“現象”を指す言葉です。『最近の若者はレジリエンスが欠けている』といった話をよく耳にしますが、“欠けている”“持っている”などと表現するのは適切ではないかもしれません。また、ライフスキルというより、逆境を生き抜くための機能なので、平時であれば必要ないものでもあります」

ほかにも様々な誤解がある。たとえば、レジリエンスが高い人といえば、「タフな人」「意識が高い人」といったイメージがあるが、メンタルの強靭な人が必ずしもレジリエンスが高いわけではない。

「硬いボールと柔らかいボールがあるとします。ハンマーで叩いたくらいでは、硬いボールは割れないかもしれない。でも、ゾウに踏まれたとしたらどうでしょう。破裂してしまうかもしれません。一方、柔らかいボールはいったん変形するけれど、壊れることはなさそうです。レジリエンスも同じで、折れない、傷つかないといった強靭さではなく、へこんでもなんとか生きのびていく、しなやかな強さを示す概念といえます」

平野氏は「以前の状態に回復することだけがレジリエンスではない」とも強調する。バネと違い、心は簡単にもとの形に戻れない。道路の下に埋まった草の種子がアスファルトの割れ目を探りあて、茎を伸ばしていくように、逆境に適応する力もレジリエンスといえる。

「世の中には、苦しみをバネに立ち直り、前にもまして活躍できるようになった、といった成功ストーリーが溢れています。それだけに、『早くもとに戻らなければ』『成長しなければ』と焦りがちですが、現実はそう簡単ではありません」と平野氏。

東日本大震災後における被災者の心理的回復を追った調査では、時間の経過とともに回復していく人はむしろ少数派だったという。

「何年たっても立ち直れない人もいるし、一年目は回復してきたと答えたのに、四年目の調査では、『本当はずっとつらかった』と回答する人たちもいる。もとの状態に戻るのではなく、価値観、性格が以前とまったく変わるなど、質的な心の変化が見られる場合もあります」

酒井明子・渥美公秀(2020).東日本大震災後の被災者の心理的回復過程―― 震災後7年間の語りの変化―― 実験社会心理学研究,59(2),74-88.

打たれ強い人ばかりの集団は本当は脆い

レジリエンスは、努力すれば誰でも身につけられものと思われがちだが、限界もある。

「確かに、問題解決に取り組む姿勢や、自己・他者を理解する力など後天的に獲得できる資質はあります。しかし、楽観性や統制力、社交性などは、もともと持っている気質の影響が大きい。個人要因だけでなく、家庭や親子関係、学校、職場といった環境要因が様々に相互作用して導かれることも多い。自分一人の努力では獲得できない部分もあります(図1)。


『ポジティブシンキングや自己効力感を身につけてレジリエンスを鍛えなさい』などと言われ、頑張ったものの、かえって苦しくなってしまった、という声もよく聞きます」

そもそも、どんな資質がレジリエンスを導くかも人によって違う。ある人の場合は楽観性だが、別の人のケースではシビアな分析能力が効いていたりする。「レジリエンスが高い人をお手本に自分を変えようとするのは、合わない服を借り着するようなもの」と平野氏。

そして、以前はレジリエンスを発揮できたとしても、次の試練に遭遇したとき、同じようにうまくいくとは限らない。職場が変わったら発揮できなくなった、ということもある。つまり、何がそのとき、その人のレジリエンスにつながるかは予測不可能といえる。

また、経営やビジネスの現場では「全員が打たれ強くなれば組織力は上がる」などと考えられがちだが、「違う捉え方もある」と平野氏は言う。

「抑うつリアリズム理論という仮説があります。『抑うつ傾向の高い人は認知が否定的に歪んでいると言われるが、実は抑うつ傾向の低い人よりも現実を正確に捉えている』とする考え方です。レジリエンスの高い人たちばかりの集団は、意思決定は早いけれどもリスクを度外視しやすく、トラブルや失敗を回避できない可能性がある。むしろ、みんなが目標に向かって突進しているときに待ったをかけられる人がいた方がいい。

いろいろな感じ方、価値観を持つ人たちがいる、凸凹のある組織の方が持続可能性は高いでしょう。実際、文化人類学の研究には、多様性のある集団ほど危機を生きのびられる、とする理論がいくつもあります」

ひとりで頑張っても立ち直れない理由

資質、発揮のスピード、志向性―― レジリエンスの在り方は人それぞれだ。では、その人ならではのレジリエンスを開拓していくにはどうすればいいのだろう。

アメリカ心理学会の指針によると、レジリエンスを高めるプログラムには自己の内省作業と他者との集団作業の双方が効果的とされている。これを踏まえ平野氏は、「レジリエンスを獲得するには、発掘/増幅(拡がり)、個人/他者(プロセス)の二軸でアプローチの可能性を考えるとよい」と提唱している(図2)。

①個人/増幅
知識やスキルを得ることによる資質の増加

②個人/発掘
内省・客観的自己理解による資質への気づき

③他者/増幅
他者との関係性のなかで新たな資質を発見

④他者/発掘
他者からのフィードバックによる資質への気づき

①、②は、自分でレジリエンスを発掘、増幅する方法だ。

「呼吸法など、ストレスマネジメントのスキルを身につけることで、楽になってきたという人もいます。内省、自己理解を深めるうちに、『強い信念が自分を支えてきたんだ』など自分ならではのレジリエンスの源泉に気づくこともあるでしょう」

ただ、試練に遭遇しているときはなかなか内省などできないし、気づきも生まれない。歳月がたち、つらい出来事を振り返る余裕が生まれて初めて、「あの頃から自分は変わったんだ、少しずつ楽になっていったんだ」などとわかってくる、と平野氏。

①、②以上に大切なのが③、④の他者との関係だ。

「『前はこうやって乗り越えていたよね』などと指摘されて、改めて自分の力を知ることもある。あるいは、親や管理職になるなど、新しい役割を与えられ、眠っていた力が目覚める人もいます」

それでもどうにもならないとき、いったん問題を手放して時の流れに任せてみると、いつのまにかレジリエンスが生まれていることもある、と平野氏は語る。

「回復せずとも、新しい現実を受け入れられるようになっているかもしれない。あるいは失敗にも意味があったんだ、などと悟ることもある。偶然や運など、人間の力を超えた何かに委ねることも、時には大切です」

声かけ、対話の場づくり―― 小さな工夫で成長する組織へ

失敗し、悩んでいる部下に上司はどう接すればいいだろうか。

平野氏は「部下は上司の何気ない言葉から組織の本音を読み取ってしまうもの」と指摘する。「いつまでも落ち込んでいないで。もっとレジリエンスを高めていこうよ」などと励まされると、「自分のような打たれ弱い人間は、会社が求める人材像とかけ離れているのだ」と感じ、萎縮してしまう場合もある。

平野氏は「少し表現を工夫することで部下の不安を解消できるのでは」と話す。たとえば以下のような声かけは例のように再考するといいかもしれない。

「自分のときは、ポジティブシンキングで乗り越えられたよ。あなたも考え方を変えてみて」

人によって回復、適応のスピードは異なる。持って生まれた資質も異なれば、乗り越え方も様々だ。自分の経験談や一般論は、相手の焦りを募らせることがある。
→例:「これまで、ピンチの時ってどうやって乗り切ってきた?」

「失敗してもいいんだよ」

「失敗してもいい」というメッセージは失敗を許可する一方で、「次は成功しなさい」といった命令の意を暗に含んでいる。自由を担保しているようで、むしろ窮屈にさせるダブルバインド的表現ともいえる。
→例:「失敗って、すごく大事なんだよ。どんどんして」

「立ち直りが遅い人がいてもいい」

組織にとってはレジリエンスの高い人と低い人、両方が必要だ。「あなたのような人がいてもかまわない」より、「あなたのように問題とじっくり対峙する人こそが貴重なのだ」というメッセージの方が、相手にとっては救いになるかもしれない。
→例:「すぐ立ち直れる人にはない力があなたにはあるよ。そんなあなただから、うちのチームは助かっているんだ」

平野氏は、「良いエピソードだけをほめないでほしい」とも訴える。打たれ強いハイパフォーマーの行動特性を賞賛し、求める人材像を明確化すればするほど、そこに合致しない人がドロップアウトしやすくなるからだ。会社から見た価値だけでなく、一人ひとりが持つ価値観に注目し、尊重する組織でこそ、メンバーのレジリエンスは発揮される。

その人が何に惹かれ、どんなことに感動するのか。組織がそれぞれの生き方に目を向ければ、今、自分にとって何が必要で、どこに向かいたいのか、みんなが胸に手をあてて考えられるようになるかもしれない。

そのためにも、上司、部下、同僚がそれぞれの立場や役割を離れ、フラットな立場で語り合えるような「対話の場」を生み出せるといい、と平野氏。

たとえば、リモート会議の冒頭に雑談タイムを設けるといった工夫でもいい。社内SNSやアプリを活用し、日々の嬉しかった出来事や気づきを記録して、他のメンバーと共有する、などの方法もある。

「最近あったうれしい出来事やちょっとした挑戦など、ささやかなテーマでかまわないのです。おすすめのカフェや本でも何でもいい。小さなエピソードから、それぞれの生き方が浮き彫りになってくるはずです」

生き方を受け入れ合える風土の中では、他の人と比較したりせず、自分の資質を認められるようになるだろう。そしてさらには「他の人のやり方も取り入れてみようか」という気持ちになれる。刺激し合い、支え合う相互作用のなかでこそ、自分らしいレジリエンスが芽生えそうだ(図3)。

なかなかレジリエンスが発揮できずにいる人も、組織の在り方しだいで変わる可能性がある、と平野氏。実際、アメリカの心理学者、W・ミッシェルらは、人のパーソナリティは場や関係性に大きく影響を受ける、としている。

個人の潜在的能力を引き出す組織、開放的でしなやかな組織、受容的な組織―― そんな組織であれば、失敗から学び、次の挑戦につなげられるのかもしれない。一見遠回りのようにも思えるが、変化のスピードが速く、ストレスフルな時代だからこそ、失敗から学べる組織をデザインしたい。

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