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特集 HR KEYWORD 2022|
ナラティブ|
本田事務所 本田哲也氏│
企業の求心力を高める
物語的共創アプローチ

ビジネス構造の多様化に伴い、顧客やステークホルダーとの関係性も複雑化するいま、企業が求心力を高め、社会に価値をもたらすためには、一貫した存在意義―パーパスが求められる。そこで注目を集めているのがナラティブだ。このアプローチ手法は、企業が顧客や従業員を物語の“主人公”として捉え、あらゆる事業活動を共創的に紡いでいくことが要諦であるという。企業PRの専門家であり、『ナラティブカンパニー』を上梓した本田哲也氏にその詳細を聞いた。

本田哲也(ほんだ てつや)氏 
本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト
「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWeek誌によって選出されたPR専門家。
世界的なアワード『PRWeek Awards 2015』にて「PR Professional of theYear」を受賞している。
公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。
著書に『戦略PR』(アスキー新書)、『その1人が30万人を動かす!』(東洋経済新報社)等多数。

[取材・文]=平林謙治 [写真]=本田哲也氏提供

ナラティブとストーリーの違い

PR戦略の専門家である本田哲也氏のもとには、いま、大手・中小を問わず企業の経営層からある相談が相次いでいる。企業PRといえば、顧客や投資家など社外に対するアプローチが主戦場だが、彼らの一番の悩みはそこではない。

「自社組織の求心力を高めたい」―― 異口同音にそう訴え、指南を仰ぐ。本田氏が近著で紹介した新しい情報発信の概念にそのヒントを見いだしているからだ。それが「ナラティブ」である。組織の求心力とどう関係するかについては後述するとして、ナラティブの定義とは。

辞書では「物語」「叙述」「口承文学」などの日本語訳が出てくるが、本田氏は、ビジネス視点から、「ナラティブとは物語的な共創構造」だと定義する。

「何らかの物語性をはらんだ構造のなかで企業活動が行われ、ユーザーや消費者、取引先、株主、社員など、あらゆるステークホルダーがそこに巻き込まれていく。物語の“聴衆”としてではなく、その“当事者”として、です」(本田氏、以下同)





では、同じく「物語」と訳されるストーリーとは何が違うのか。ビジネス領域でも、すでにブランドストーリーやストーリーテリングなどの用語は浸透している。本田氏は「ナラティブはストーリーの上位概念」としたうえで、両者の違いを次の3点に整理する(図1)。

1つめは“演者”の違いだ。これまで企業が発信する「ストーリー」は、『プロジェクトX』のように企業やブランドが物語の主人公で、生活者などのステークホルダーは聴衆と、はっきり分かれていた。「ナラティブ」では、企業もステークホルダーもそれぞれが登場人物として物語に参加するのが特徴とされる。

2つめの違いは“時間”である。「ストーリー」は起承転結型で、始まりと結末があるが、「ナラティブ」は未来までも包含する現在進行形の構造。物語に終わりがない。

もう1つ違うのが物語の“舞台”だ。企業視点の「ストーリー」は自社が属す業界や競合環境のなかに限られるが、「ナラティブ」は社会全体が舞台。業界や市場を超えた、普遍的で社会的な考えや価値が語られるという。

「語り、語られるという構造に注意してください。一方的に聞かされる話ではなく、あくまでも“共創”―― マーケティングの例でいうと、企業と生活者が共に物語を紡いでいく。その関係性が最大のポイントです」と、本田氏は強調する。

“共創”が求められる時代背景

興味深い「ナラティブ」の実践として、本田氏はSNSを起点とした味の素冷凍食品の事例を挙げる。

2020年8月、ある女性が家族の夕食に冷凍餃子を用意したところ、子どもは「美味しい」と喜んだが、夫からは「手抜き」といわれた旨をTwitterに投稿し、大きな反響を呼んだ。これに対して、同社の公式Twitterが「冷凍餃子を使うことは手抜きではなく『手間抜き』」と反応。「工場という“大きな台所”で大変な手間をお母さんに代わって丁寧に準備している」、「その手間を代わることで生まれた時間を、世の中のお母さんは誰かのために使っている」などと訴え、40万いいねを超える共感を集めたのだ。

ツイート自体は担当者の個人的な思いも含んだ行動だったが、同社がこれを企業のメッセージとして発信するために、実際に工場で冷凍餃子がつくられる工程を動画で紹介すると、こちらも再生回数90万回を突破。メディアでも紹介されるなど、さらに反響が広がった。単に売上増を狙ったPR活動ではなかったが、結果的に2割近い売上増にもつながったという。

「一般の生活者がつぶやいた物語に企業が“絡んで”いった形で、ハプニング的な一面もあります。それもうまく活かしながら、『手抜きではなく手間抜き』という物語を、企業と生活者がメディアも巻き込んで、共に紡いでいった。まさに共創ですよね。ナラティブの実践であり、非常に今日的なPRの在り方といっていいでしょう」

こうした共感や価値共有ができる体験を本田氏は「共体験」とよび、特にコロナ禍では人々が共体験を求めるため、物語を共創する構造、つまりナラティブがよりいっそう注目を集めるのだと説明する。

ただ、コロナ禍は拍車をかけたにすぎない。本来、企業にナラティブアプローチが求められている背景は別にあるという。1つは、世の中のフラット化だ。

「企業やブランドが上で、消費者が下なんていうことはない。いまや対等になりました。企業が一方的に語りたいことを語るのは、もう時代遅れ。SNSの出現で、誰もが物語る時代になったわけですから」

加えて本田氏はもう1点、企業活動をめぐる利害関係者の多様化・複雑化を指摘する。かつて企業は、消費者には広告やPR、株主にはIR、従業員には社内報と、個別に情報を発信しておけば、それである程度は事足りた。しかし現在では、利害関係の異なるステークホルダーが複雑につながり合って、内も外も、裏も表もない。それぞれに都合のいいストーリーを語りかけても、辻褄が合わなければ即、露呈する。いわゆる“炎上”の火種がそこに生じるのだ。

「要するに、“何枚舌”を使えなくなったわけですね。多様な関与者が複雑につながっている以上、企業は個別にいい顔をするよりも、利害を超えて共感し合える、より社会性の高い大きな物語で全体を包み込んだ方がいい。そうすることで立場にかかわらず、誰もがファンになってくれるはずです」

パーパス=存在意義を起点に

ナラティブを実践し、「物語的な共創構造」を確立している企業は、ナラティブカンパニーとよばれる。本田氏は「個々の広告やイベントがナラティブかどうかではなく、企業活動のすべてが相まってナラティブとなる。こういう物語を紡いでいるのなら、商品は当然こうあるべきだし、広告もこうなるだろうと。それが、ナラティブカンパニーの在り方なのです」と語る。

では、すべてを傘下に収められるほどの大きなナラティブを紡ぎだすには、何から始めればいいのか。

「まず起点となるのは、企業の社会における存在意義を明示した『パーパス』です。存在意義が定まらないところには、いかなる物語も生まれません。

パーパスを設定したら、次のステップはパーパスに基づいてどういう社会的な認識(パーセプション)を形成したいか、あるいは既存の認識をどう変えたいか(パーセプションチェンジ)を明確にします。先程の味の素冷凍食品のケースでは、日本に根づく『手作り信仰』の“呪い”を解き、『冷凍食品は手抜きではなく手間抜き』というパーセプションへ転換する意図がありました。次に、そのパーセプションを実現するためのナラティブの在り方を、脚本のように文章化してみましょう。あらゆるステークホルダーが自分ごとと感じ、当事者として語りたくなるようなナラティブが必要です」

この手法は「ナラティブスクリプト」とよばれ、A4・1枚程度にまとめるのが基本(図2)。それぐらい明快で骨太の物語でなければ、未来まで語り継がれないからだ。一時的に“バズる”だけのストーリーはナラティブにはなりえない。



当たり障りのない物語は無意味

そんな骨太の物語を紡ぐ例として挙げられるのが、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というパーパスを掲げる米アウトドアブランドのパタゴニアだ。

2017年、当時のトランプ大統領による国指定保護地域縮小に同社が反対の声を上げると、非ユーザーや競合他社でさえ賞賛した。「地球を救う」という社会性の高い物語を、ファンと共に紡ぐ共創構造が確立されている証だろう。

かつては、環境保護を強く訴える同社のナラティブを過激と捉える向きもあり、万人には受け入れられなかった。だが、本田氏は「いまの時代に当たり障りのないストーリーを語ってもしようがない」と語る。

「ある程度尖った姿勢をはっきりと打ち出した方が、熱烈なファンが集まりやすい。顧客も、従業員も、株主も共感します。そこがその企業ならではの存在意義ですからね。

近年、大手を中心にパーパスを定めたり、見直したりする企業が増えてきましたが、経営の多角化やM&Aの繰り返しで合意形成が難しいのか、なかには創業当初の思いがすっかり薄まってしまったケースも見られます。誰にでも当てはまるパーパスからは、力強い独自の物語は生まれにくいでしょう」

ナラティブで組織の求心力強化

一方、物語の力は企業の内側にも働く。ナラティブには従業員のエンゲージメントを高め、組織に求心力をもたらす効果があるのだ。これが冒頭で述べた、いま多くの経営者が本田氏に助言を求める理由である。

「どうすれば優秀な人材をつなぎとめられるか、獲得できるかといった求心力に関する相談が本当に増えています。うれしい半面、PRの専門家としては少し意外でしたね。トップの大きな悩みのひとつがそこなのかと」

本田氏は相談に対し、ナラティブを戦略的に実践していくように提案しているという。ただしそれは、トップが社内に向けて自分の語りたい物語を語るだけの、一方的なストーリーであってはならない。自分ではいい話を語っているつもりが、誰も聞いていないという事態を招き、かえって求心力を失いかねないと、本田氏は警告する。

「再三指摘しているように、いまや情報発信に組織の内も外も、裏も表もありません。従業員も含めたあらゆる関係者が主人公になれるようなナラティブを紡いで発信し、それが報道されたり、口コミで広がったりして従業員にフィードバックされた方が、トップの訓示より百倍効くでしょう。そうか、自分もこういう物語のなかにいたのかと。

先ほどの味の素冷凍食品の場合も、反響を呼んだのは社外だけではありません。話題になった餃子の工程を紹介する動画を社員食堂でも流すと、“主役”の一人である工場の従業員もとても喜び、エンゲージメント強化につながったそうです」

ナラティブカンパニーでは、企業活動のすべてがナラティブの傘下にある。人事・人材育成の領域ももちろん例外ではない。なぜこの会社で働きたいのか。なぜこういう評価を受けるのか、なぜこういうスキルが求められるのか―― それらの根拠がすべてナラティブに基づくものでなければならないのだ。

したがって、本来であれば従業員の行動指針や評価制度、教育システムも、パーパスを定め、ナラティブを確立してから、改めてそれを制度・施策に落とし込むのがしかるべき方法ではないかと本田氏。いずれにせよ、ナラティブの考え方は人事・人材育成担当者にとって、欠かせない知識である。

「よくぞ言ってくれた」を言語化

誰かと共に物語を紡ぎだす共創能力―― いわば「ナラティブ力」を発揮するためには、どんなマインドセットが求められるのか。最後に、本田氏に尋ねてみると、「1つは他者に対する想像力」だという。

「ナラティブの実践は、ビジネス分野より先に医療の領域で始まっていました。医師が患者を、患者自身の人生という物語の“主人公”として捉え、病気とどう向き合っていくか、物語の続きを共に紡いでいく。その対話の在り方が、医療におけるナラティブアプローチの要諦です。医師を企業に、患者を顧客や従業員に置き換えれば、ビジネスでも同じことがいえるでしょう。他者への想像力を働かせて、相手の内にあるナラティブまで洞察を深めなければいけません」

そして、ナラティブ力を発揮するもう1つの鍵として本田氏が指摘したのが「当事者意識」である。

味の素冷凍食品の公式Twitter担当者は、本人も2児の母だった。当事者だからこそ「手抜きではなく手間抜き」という発信を、実感を込めて紡ぎだせたのかもしれない。ズバリ当事者ではなくても、世の中の様々な課題を自分ごととして捉えていれば、言語化されないまま日常に埋もれているナラティブの“鉱脈”を言い当てることができると、本田氏は指摘する。

「『手抜きではなく手間抜き』は、『うまいこと言った』のレベルじゃない。『よくぞ言ってくれた』ですよね。小手先のコピーライティングでは『よくぞ言ってくれた』というナラティブは生まれません。大切なのは他者への想像力と当事者意識。結局は、『人としてどうなのか』が問われるのだと思います」

本田氏によれば、ビジネス社会に進出し始めたZ世代の若者は就職にあたって、企業の規模やブランドや待遇より、企業が語るナラティブに惹かれる傾向があるという。採用や人材確保の点からも、ナラティブを理解する必要がありそうだ。

事業は人なり―そこに集まる人々の人間性がものをいう時代が来ている。ナラティブ力の乏しい企業には人材が集まらず、力を失っていくのかもしれない。

Learning Design 2022年01月刊