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4月21日更新

編集部より

多くの企業が、新入社員研修や現場での受け入れを進めているこの時期。コロナ禍により突如導入されることになったオンライン研修ですが、本田技研工業は、昨年の時点で600人新入社員研修のオンライン化に成功していました。ホンダが実践した、リフレクションやコミュニケーションの工夫とは? 導入研修を終え、これから現場教育が始まる企業にとっても、ヒントの多い事例です。ぜひご一読ください。

進化するオンライン研修
<本田技研工業>
前例の通用しない世界で
活躍できる基盤を
オンライン研修で醸成

新型コロナウイルスの感染拡大は、企業内研修の在り方に大きな影響を与えている。
多くの企業が研修の延期や中止、計画の見直しを行うなか、本田技研工業は早期に新入社員研修のオンライン化を決断・実施し、手応えを感じたという。
オンライン化の経緯や工夫、そして効果とは。

大野慎一氏 本田技研工業 人事部 人材開発課 課長
笹野真紀氏 人事部 人材開発課 育成統括
鈴木繁正氏 人事部 人材開発課 人材育成グループリーダー
笠井英明氏 人事部 人材開発課 チーフ 新入社員研修担当
市原佑季子氏 人事部 人材開発課 新入社員研修担当

本田技研工業株式会社
1948年設立。主要事業は、二輪車、四輪車、ライフクリエーション製品などの研究・開発・製造・販売。
2030年ビジョン「すべての人に、『生活の可能性が拡がる喜び』を提供する」の実現に向けて、現在「既存事業の盤石化」と「将来の成長に向けた仕込み」に取り組んでいる。
資本金:860億円(2020年3月31日現在)
連結売上収益:14兆9,310億円(2019年度)
連結従業員数:21万8,674名(2020年3月31日現在)

[取材・文]=谷口梨花 [写真]=本田技研工業提供

コンセプトは変えずにオンライン化

例年、本田技研工業に入社した新入社員は、三重県鈴鹿市で1週間、入社時研修を受講後、製作所や販売店実習を経て各部署に配属されていた。

しかし、今年度の新入社員研修は、まったく異なる形で実施されることとなった。研修はすべてオンライン化。実習が中止になった分、期間も当初の1週間から2カ月間延長して6月上旬まで行われたのである。オンライン化の経緯について、人事部人材開発課課長の大野慎一氏はこう話す。

「当社では新入社員に限らず全社員に対して、前例の通用しない世界で自ら考え、行動する意志をもつ人材となることを求めています(図1)。正式配属時にその基盤ができていることを目指し、今年度の新入社員研修から、経験学習に基づく新たな研修デザインに刷新する予定でした。しかし、準備を進めている最中に新型コロナウイルスの感染が拡大してきましたので、集合型研修や実習が難しくなることを見越して、主体的な成長を促すための育成を強化するという当初のコンセプトは変えずに、それをオンラインで実現する方向に舵を切ったのです」(大野氏)

新型コロナの感染が拡大した時期は、新入社員を迎える直前。どうオンライン化を進めていったのだろうか。新入社員研修を担当する笠井英明氏と市原佑季子氏は、こう振り返る。

「当社の新入社員は約600名と非常に多く、全員が全国を移動するリスクも鑑みて、人事部内では2月末にはオンラインに切り替える方向性で動き始めました。最終的にオンライン化が決まったのは3月上旬。そこからは、『前例の通用しない世界で活躍していくための基盤をつくる』という当初の目的を実現するために、研修のゴールを具体的な行動変容レベルまでブレークダウンしていきました」(笠井氏)

目的を達成するための、次の5つの目標「①社会人としての基礎を磨く」「② Hondaフィロソフィーの理解と体感」「③社内環境を認識し、働くうえで必要な社内知識を身につけている」「④社外環境を認識し、自らが実践すべきことを理解している」「⑤社会人として求められるコンピテンシーを備えている」それぞれに対し、具体的なゴールを設定し、それに応じたコンテンツを企画していった。先行き不透明な状況のなかでは、スピーディーで柔軟な対応が求められた。

「研修期間についても、3月の段階で6月上旬までの延長が決まっていたわけではなく、社会情勢を見ながら都度判断していきました。育成コンセプトはブレさせず、オンラインで何ができるのか、具体的なコンテンツは走りながら考えたという感じですね」(市原氏)

インプットした学びをアウトプットするプログラムに変更

そして4月1日から、オンライン研修が始まった。

「1週目は、昨年度まで鈴鹿市で行っていた入社時研修と同じ内容のものをオンラインで提供しました。企業理念など、このタイミングで学ぶべきことばかりのため、外せないと考えたからです。ただ、当時はオンラインのノウハウがなかったため、講師に依頼して事前に撮影したビデオを流すくらいしかできなかったのが反省点です。後半になるとオンラインの知見がかなり増えてきたので、今振り返ればもっとインタラクティブにすることもできたと思います」(市原氏)

例年であれば、入社時研修後はモノづくりの現場で働く製作所実習や、顧客と接する販売店実習に向かうが、今年4月のその時点は緊急事態宣言の最中。実習を行うのは難しい状況であり、オンライン研修の延長が決まった。

そこで研修に組み込んだのがワークショップである。背景には、従来の新入社員研修における課題があったと大野氏は指摘する。

「一律のインプットが中心のこれまでの研修では、新入社員が受け身の姿勢になりがちで、自立・自律的に行動する機会が不足することが課題でした。

主体的な成長を促すためには、研修においてもインプットとアウトプットのバランスが取れていなければいけません。そこで、アウトプットが中心になるワークショップを複数実施することにしたのです」(大野氏)

2カ月間の研修中に実施したワークショップは4つある(図2)。

「まず4月に行ったのは、未来を予測し、当社が今後50年生き抜くためにはどうしたらいいかを考える未来洞察ワークショップと、当社の販売店であるHonda Carsにおける新サービスや新体験を提案するワークショップの2つです。SWOT などのフレームワークも活用しました。

5月は少し負荷を高め、他の2つのワークショップを同時並行で実施しました。1つは、移動の喜びを実現するサービスアプリを提案する顧客価値創造ワークショップです。もう1つは、新型コロナウイルス感染者搬送車両の提供などの、当社の支援活動も踏まえて行った『Beyond theCOVID19』 というワークショップ。実際に搬送車両の開発に携わった社員にも登壇してもらい、社会への価値提供のあり方を考えてもらいました」(笠井氏)

ワークショップでは、オンライン上の機能を駆使して自分の意見をアウトプットする機会を増やしたという。さらに、いいアイデアは特許申請や事業化を検討するというインセンティブを付与し、モチベーションを高める工夫もした。

「今回、ワークショップを多く取り入れることで、インプットした知識をすぐに活用し、アウトプットさせることができました。例年と比べても、アウトプットの比率は圧倒的に増えましたね。

ちなみに、これらのワークショップは経営企画部門や知的財産部門など様々な部門と連携し、完全内製で行いましたが、それもこれまでなかったことです」(大野氏)

eラーニングを活用した反転学習で理解度が向上

また、今年度の新入社員研修ではeラーニングを積極的に取り入れたことも変更点の1つである。人事部人材開発課育成統括の笹野真紀氏はこう説明する。

「当社では、これまでe ラーニングを積極的に取り入れていませんでした。その背景には、当社の人材育成が、実務の経験を重ねるなかでの専門性や職務遂行能力を高めるOJTを基本としてきたことなどがあります。さらに、新入社員研修に関していえば、1週間という短期間のため、どうしても実習・配属に向けてのマインドセットが中心になっていたことも理由の1つです。

ただ、今回eラーニングと講義を組み合わせることで、理解が深まることを実感しました。eラーニングの活用可能性は、今後も検討していきたいと考えています」(笹野氏)

今回、eラーニングを取り入れるだけではなくeラーニングでインプットした知識を、講義やワークショップで活用する「反転学習」も行った。大野氏はこう評価する。

「『反転学習』を取り入れることで、理解度が深まりましたし、インプットした知識をすぐに体現する力も向上しました。eラーニングは、時間と場所を選ばずにオンデマンドでどんどん学べることがメリット。今こそ積極的に活用するべきだと思っています」(大野氏)

日々のリフレクションで内省力を強化

もともと今年度から経験学習に基づく新たな研修デザインに刷新する予定だったこともあり、同社が例年以上に力を入れたのが「内省力の強化」である。そのために、研修終了後には毎日リフレクションを行った(図3)。

「研修プラットフォーム上に、その日の気づきや学び、そしてそれを今後の行動にどう反映するかを書いてもらいました。これを配属まで毎日行うことでリフレクションが習慣化し、内省力が高まったと思います」(笠井氏)

内省力の強化には、600名の同期の存在も大きかったという。

「内省を深めるには他者からの学びも重要です。各自の気づきや学びはリアルタイムで共有できるようになっており、同期同士でコメントや『いいね』をつけることができました。研修が進むにつれて活発なフィードバックが行われるようになり、他者からの学びも大きかったと感じています」(市原氏)

さらに、2カ月間の研修の最後には、2日間のまとめ研修も行った。

「1日目は、入社から現在までを振り返り、何ができるようになったか、何ができていないのかを言葉にしていきました。それを踏まえて2日目は、今後何をしていくのか、具体的な行動計画にまで落とし込みました」(市原氏)

内省力の強化は、研修中の言動にも表れたと大野氏。

「内省することで、できるようになったことが自信になる一方、今の自分に足りていないことも自覚できたようです。研修中に配属面談を行うのですが、『こういうことをやりたいけれど今は実力が足りないので、今後これを学びたい』など、比較的地に足のついた面談ができたという声を、社内からも多く聞きました」(大野氏)

このような新入社員の変化や今後の目標を配属部門と共有することで、配属後の育成に接続していきたいと笠井氏は話す。

「研修期間中に、配属部門の所属長や研修担当者に研修内容を共有する説明会を実施し、2カ月間の取り組みや新入社員の強みや弱みを共有することができました。例年であれば、研修修了後は実習に行くため、配属部門との接点がもちづらいのが課題でした。今後は配属部門との連携をより強化して、配属後の育成に役立つ情報を提供していきたいと考えています」(笠井氏)

コミュニケーションの工夫でモチベーションを維持・向上

先行き不透明な状況下でのオンライン研修に加え、2カ月という長丁場。どのようにモチベーションを高めたのだろうか。

笠井氏は、毎朝と夕方に行っていたオリエンテーションでの工夫を挙げる。

「4月当初は、孤独に耐えているという声も見受けられたので、朝のオリエンテーションでは、事務局メンバーや若手社員がアイスブレイクを行うようにしていました。内容は、家庭菜園や好きなスポーツ選手の話など、たわいもない話題。こういった雑談は職場にいるとありふれたものですが、オンラインでは意識しないとできません。

朝の楽しいアイスブレイクと夕方のまじめな内省、研修をこの2つのオリエンテーションではさむことで、安心安全な雰囲気づくりや、人事担当者との信頼関係の構築、モチベーションの向上につながったと思います」(笠井氏)

また、同期同士のコミュニケーションの機会が例年に比べて減っているなか、一体感の醸成の場として企画したのが「オンラインランチ」だ。昼休みにオンラインでつながりながら昼食を取る試みを、週1~2回実施した。参加は自由で、人事部は一切関与しない。

「新入社員のなかには『今日は一言も言葉を発しなかった』という人もいたので、eラーニングなど、言葉を発する機会が少ない日にオンラインランチを設定するようにしていました。任意参加ではありますが、コミュニケーションの場として一体感を醸成する一助にはなったかと思います」(市原氏)

オンライン研修のメリットと課題

2カ月間、オンラインで新入社員研修を実施し、メリットも課題も具体的に見えてきたという(図4)。メリットについて市原氏はこう話す。

「復習しやすいというのが、まずオンライン研修の一番のメリットです。講義資料や動画をプラットフォームにアップして復習環境を整備したことで、理解度の向上につながったと思います。

今回、eラーニングや講義でインプットした知識をワークショップで活用し、アウトプットする機会がたくさんありましたが、その際も、疑問に思ったことは講義資料や動画にすぐにアクセスして確認していたようです」(市原氏)

さらに、人材育成グループリーダーの鈴木繁正氏は、オンライン研修の思わぬメリットも指摘する。

「やってみて実感したメリットとして、質問や意見が出やすくなったことが挙げられます。600人の前で手を挙げることは勇気が必要ですが、チャットならば心理的に発言しやすい。それもあって、時間がたつにつれて自らアウトプットしようとする姿が多く見られました」(鈴木氏)

アウトプットの増加は、研修への参加意欲にも影響したと笠井氏は振り返る。

「チャット機能や挙手機能を活用してリアクションを促すことで、参加意欲がとても高まったと思います。また、他の人が発表している姿を見て、やる気を奮い立たせたという声も多く聞きました。

研修が進むにつれて、新入社員も研修をつくり上げるメンバーの一員という感覚が強くなってきたように感じました」(笠井氏)

研修内容や運営についてタイムリーな改善ができることも、オンラインならではのメリットだと市原氏は指摘する。

「日々アンケートを取り、そこで出た要望は、できるだけ早く反映するようにしていました。たとえば、ワークショップのワークシートは事前に配布されていた方が議論しやすいという要望を受けて事前配布に変えるなど、ストレスなく研修に集中できるように心掛けました」(市原氏)

実習などと比較すれば、オンラインの限界はもちろんあるが、工夫しだいで実現できることはたくさんある。たとえば、同社が企業活動の基としているHonda フィロソフィーの伝え方もその1つ。

「講義でのインプットはもちろんですが、ワークショップのなかでも都度Honda フィロソフィーの考え方を伝えるようにしていました。そもそも、ワークショップ自体が日々の企業活動でいかにHonda フィロソフィーが発揮されているのかを理解、体感してもらう仕掛けになっていたので、オンラインでも十分に伝えることができたのではないかと思います」(鈴木氏)

一方で今後の課題として挙がったのが、同期とのつながりだ。

「同期とのつながりは、どうしてもオンラインでは薄くなりがちです。オンラインランチなどの試みも有効ですが、研修内容でも工夫ができると思っています。今回、ワークショップで絆が深まることは実証されたので、同じメンバーで活動する時間を長くするなど、今後に向けて検討中です」(市原氏)

運営面についても、オンラインならではの課題はあったが、都度対応することで解決していった。

「ポケットWi-Fiは支給しましたが、全国各地の自宅から、自身のデバイスで研修に参加してもらったので、接続トラブルはありました。ただ、それはオンラインでは起こりうること。研修が進むにつれて、接続トラブルがあってもグループでフォローしあうなど、スムーズに対処できるようになりました」(市原氏)

新入社員研修の知見を踏まえ企業内研修の在り方を見直す

今年度の新入社員研修の効果測定や改善はこれからだが、人事部内では一定の評価をしている。

「日々のリフレクションでも、受講生の変化が感じられました。研修終盤には、自身の強みや弱みを把握したうえで、在りたい姿に向けて今後どう行動していくかを自分の言葉で語れるようになるなど、当初の育成コンセプトである主体的な成長も見られました。

今後一定期間を置いて、フォローアップ研修を行いたいと考えています。コロナの状況しだいですが、対面でできればいいですね」(笠井氏)

今年度は期せずして新入社員研修をオンライン化し、期間も延長することになったが、今回の学びを糧にして全社的に企業内研修の見直しを行っていきたいと大野氏。

「業界が急激に変容していくなかで、全社員が技術や専門性をアップデートし続ける必要があります。人事・人材開発担当者には、先が見えない時代においても、先を見越して変革を起こすことができる人材を育成、支援することが求められています。これまでも社員一人ひとりの能力向上に応じて、階層別に研修プログラムを整えてきましたが、果たして本当に先を見据えたものになっていたのか、これまでのやり方に固執しすぎていなかったか、改善すべき点も多々あります。

マインドの醸成が鍵になる新入社員研修から意志を込めて変えましたが、新入社員だけを変えればいいわけではありません。今回得た知見を生かして、全社的に効果的かつ合理的な育成体系を構築していきたいと考えています」(大野氏)

Learning Design 2020年09月刊