Vol.11 ワークプレイスラーニング2009を振り返る
2009年10月30日に、「ワークプレイスラーニング」と呼ばれる産学共同イベントを、東京大学本郷キャンパス・安田講堂で開催しました。東京大学 大学総合教育研究センターが主催となり、多くの各種団体・企業に企画協力をいただき、当日は約1000名の方にお集まりいただきました。
ワークプレイスラーニングは、「仕事場における学びと成長」をテーマにしたカンファレンスで、 2007年から毎年、東京大学で実施しています。2007年には「ミドルの学びと支援」、2008年には「企業教育の新たな役割」をテーマに掲げました。そして、今年のテーマは、「成長をいざなう個と組織の関係」です。
学びのイニシアチブは誰にあるのか?
個と組織に関する問題は、経営学や組織論では王道の問い、いわゆるアポリア(難問)に近いかもしれません。
古くは、社会学者のW.H.ホワイトが「Organization man(組織人)」という概念を提唱しています。これは「組織のために働き、組織に帰属している人」を言います。つまり、組織の生活に忠誠を誓って、精神的にも肉体的にも家庭を離れている人ということです。
ホワイトがこの概念を提唱した1956年当時は、アメリカでは中産階級がちょうど勃興してくる時期に当たります。そういう時代に、初めて組織人という人々や生き方が生まれてきました。ずっと昔からあった概念に思いますが、違うのです。組織に忠誠を誓い、組織の倫理に生きる人って、実は、近代、いいえ、現代の産物なのです。
「組織と個人」ということになりますと、こちらも約30年前の研究になりますが、心理学者であり組織開発などの分野に多大な影響を与えたエドガー・シャインの「心理的契約」という概念も非常に有名です。ここでは“契約”という言葉が指すように、組織と個はバーターでなければならない。組織は、やりがいのある仕事・報酬などを個人に与える。その代わり、個人は組織のために努力・貢献をする。そうした個人と組織の間の“やりとり”が心理的契約ということになります。そして、その間についた折り合いが、いわゆる“キャリア”というわけですね。
このように「組織と個人」は王道のテーマなのですが、本カンファレンスで考えたいと思ったのは、少しニュアンスが違います。一言で言うと、「学びや成長のイニシアチブ(主導権)」という問題です。個人の成長・学習のイニシアチブは誰が持つべきなのか? 個人が主体的に学びをデザインするのか? それとも組織が組織目的に合致した形で、従業員の学びをデザインするのか? という問題です。
実践家の語りと研究者の語りの融合
ワークプレイスラーニングは、企業の方々と僕のような研究者がともに語り合う場です。ですが、「実践家の語り」と「研究者の語り」は、違っていて当たり前です。協奏をめざしつつ、時には不協和音を引き起こすことで、新しいものが生まれる。これが、僕の信念です。
今年は、実務の世界から3名の素晴らしいプレゼンターをお迎えしました。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)代表取締役COO 柴田励司さん、アサヒビール執行役員人事部長 丸山高見さん、バンダイナムコホールディングスデピュティゼネラルマネージャー 紀伊豊さんです。
柴田さんは、①自分で自分のキャリアを考える機会を持つことの重要性、②自分で自分のキャリアを考える人が自然と生まれる環境や制度を会社はつくるべきだという主張をなさいました。具体的には、R2(リセット・リエントリー)という、今年からCCCが導入した人事制度を紹介しておられました。この制度は、①各社員がいったん今やっている仕事をリセットし、②働きたい仕事を自分で決め、そこにリエントリー、つまり手を挙げる、という制度です。
丸山さんからは、アサヒビールが実施しているいくつかの人事施策についてご講演いただきました。同社では、社員の成長のために上司・先輩・同僚・社員OBが“よってたかって”、個人の成長を引き出す取り組みを行っています。忙しい上司に代わって、OBがキャリアアドバイスをしたり、いわゆるメンター制度を整備したりしています。
紀伊さんは、「成長≒できなかったことができるようになることは嬉しいことで楽しいはずである」という基本メッセージのもと、社員が自ら成長するための仕組みとして、頻繁な人事異動制度についてご紹介いただきました。バンダイナムコHDでは、平均2~3年で積極的に異動を行い、常に社員が挑戦する環境を整備しているそうです。
これらの発表に対して、研究者が自分の研究分野の立ち位置からコメントを行います。経営学の立場から妹尾大先生(東京工業大学)、組織心理学の立場から松尾睦先生(神戸大学)、組織社会学の立場から長岡健先生(産業能率大学)、そして教育学の立場から中原がコメントを行いました。
1000人の対話とリアルタイムの振り返り
学ぶとは聞くことだけではありません。学ぶとは語ることであり、変革することであり、書き換えることなのです。ですからワークプレイスラーニングでは、企業事例ごとに1000名の参加者全員で対話する時間をとっています。
また、今年の目玉企画として、本カンファレンスの様子を「リアルタイムドキュメンテーション」として会場の参加者全員で見るという、リフレクティブシアターを行いました。こちらは神戸芸術工科大学の曽和具之先生・柴田あすかさん・籾井雄太さんらにお願いいたしました。
これは、「今、この場で起こっている出来事を、リアルタイムで記録(ドキュメンテーション)し、振り返りに役立てる手法」です。今回はカンファレンスの間中、500枚程度の写真、動画を記録し、それをその場で編集して4分のビデオにまとめていただきました。Youtubeのサイト(http://www.youtube.com/watch?v=DnB6j6DyKos)で、当日の様子がご覧いただけます。当日の雰囲気がよみがえってくる、ライブ感あふれる映像になっています。
「内省の時期」と「変革の念」
ワークプレイスラーニングを終え、いくつかの「思い」がこみあげてきます。
まずは感謝の念です。ご登壇いただいた企業の皆様、研究者の方々、企画委員会の皆様、そして、ご参加いただいたすべての皆様に心より感謝いたします。
もう1つは「変革の念」です。ワークプレイスラーニングも今年で3年が過ぎました。①企業事例と研究者の解説を挟む構成、②参加者全員で対話を行う手法、③リアルタイムドキュメンテーションなど、毎年挑戦を重ね、ようやく1000名の皆様にご参加いただける“場”に成長しました。「大学で、産学共同で、開催する意味とは何か?」を常に問い続けながら疾走し、3年間で、ある1つの“形”を見出せたのかなと思っています。
しかし、だからこそ、“今”、問い直すこと、棚卸しすること、変革を構想することが重要なのだと思います。ワークプレイスラーニングは、「内省の時期」を迎えています。
これが次のどんなアクションに結び付くのか。今はまだ混沌としています。近いうちに現れるであろう、将来のビジョンがどのようなものなのか、今の僕にはまだわかりません。しかし、たとえいったん立ち止まることになったとしても、内省する時間を大切にしたいと考えています。
今度はどこで皆さんとお会いできるでしょうか。もしかすると、それは、予想もしない場所、予想もしない演出、予想もしない内容かもしれませんよ。This is it !?