Vol.10 振り返ることで経験が糧になる

 先日、新刊『リフレクティブ・マネジャー』を光文社から上梓しました。この本は、経営学・組織行動論がご専門の神戸大学の金井壽宏先生と、教育学をバックグラウンドに持つ僕が、①マネジャーとはそもそもどのような人材か、②マネジャーの成長とは何か、③マネジャーの成長を促進する要因は何か、④今後の人材育成のあり方・研修のあり方などについて、往復書簡の形で綴っている本です。

 経営学と教育学の出会いといったら、少しメタフォリカル(暗喩的)でしょうか。お互いの学問分野の知見や経験が共鳴したり、交差したり、時に互いを補完し合ったりしています。少し難しいところがあるかもしれませんが、なかなか知的にスリリングな一冊です。

内省すること、リフレクション

 本書のテーマになった「リフレクティブ・マネジャー」の「リフレクティブ」とは「内省(reflection)」のことです。最近、人材育成の領域では頻繁に聞くようになった言葉ではないでしょうか。意味は文字通り、「振り返る」ということですね。

 私たちは、日々、仕事の中でさまざまな「経験」をしています。ビターな経験もあるでしょうし、スイートな経験もあるでしょう。甘酸っぱい、まるで初恋のような経験(!?)もあるのかもしれません。

 しかし経験は、放っておいただけでは、本人の成長にはなかなかつながりません。私たちが成長を実感し、能力向上を果たすためには、一度現場や仕事から少しだけ離れて、自分の積んだ経験を「振り返る」こと、つまりは、「内省」することが重要なのです。そして、内省を促すきっかけになるのが、他者との対話、ということになります。だって皆さん、考えてみてください。突然「さぁ、内省してください」と言われたって困るでしょう。それより、他者に自分の経験を語るという行為を通したほうが、人は自分を見つめ直すことができるのではないかと思います。

 他者との対話をきっかけに、過去に起こった出来事の意味をもう一度探る。時には現在の自分のあり方を見つめる。そして、未来を見通す。リフレクションは、近い将来のアクションを導き出すために存在するのかもしれません。本書ではこのような内容を、教育学と経営学の知見を引用しながら論じています。

ドナルド・ショーンとジョン・デューイ

 経営学で「内省」について初めて議論したのは、マサチューセッツ工科大学で組織学習を研究していたドナルド・ショーンです。彼は、建築デザイナー、精神療法家(医師)、自然科学者、都市プランナー、企業のマネジャーの仕事を観察し、彼・彼女らの仕事の特徴に「内省」があることを見抜きました。

 一般に専門家は日々、不確実で不安定で矛盾に満ちた現場に身を置いています。彼らは、働きながら葛藤を繰り返す中、刻一刻と変わる状況を瞬時に読み解いて、そこだけで通用する「束の間理論」を即興的に、次々に構築していくのです。こうした仕事のあり方をショーンは「行為の中の内省(reflection in action)」と名付けました。そして、こうした人々のことを「リフレクティブ・プラクティショナー(reflective practitioners:振り返る実践家)」と呼んだのです。 実はここに、非常に奇妙な、経営学と教育学のつながりがあります。ショーンの博士論文は、ジョン・デューイという人についての研究でした。そして、デューイは、20世紀の教育学の礎を築いた偉大なる研究者の1人だったのです。もしかすると、ショーンはデューイの掲げる教育理念や教育哲学を、経営の世界に応用しようと考えていたのかもしれません。デューイは、シカゴ大学に「実験学校」という私塾を創設し、理論を実践しながら、自分の研究を研ぎ澄まされたものにしていきました。オープンスクール、発見学習といった、教育学を勉強したことのある誰もが知っているコンセプトはほとんど、このデューイを祖に持っていると言っても過言ではありません。

 今や、経営学と教育学はまったく違う学問体系を持っています。それぞれの研究者は、それぞれの領域を、まったく異なった別の領域だと思っているきらいがあります。でも僕の目には、世界はそのように映っていません。こと、人材育成という領域に関しては、実は理論的な系譜はつながっているのです。拙著『リフレクティブ・マネジャー』では、こうした教育学と経営学のつながりをかなり意識して執筆しました。人材育成の領域における経験が長い方には、そんな経営学と教育学のつながりについて思いを馳せながら読み進めていただくと、より面白くお読みいただけるかもしれません。

実践知豊かなワークショップ

『リフレクティブ・マネジャー』では、マネジャーの成長論だけでなく、企業内人材育成のあり方についてもいろいろと論じています。特に研修のあり方については、結構枚数を使いました。

 たとえば、教育の世界には「ワークショップ」という教育手法があります。このワークショップも、実は、ジョン・デューイに起源を持つ手法の1つであります。そして僕は、このワークショップの手法が、企業内人材育成や企業研修の世界で、もっと注目されてもよいのではないか、と思っています。

 たとえば、リラックスしてもらえる学習空間をつくり出すためには、どのような工夫を行うことができるでしょうか。他者との対話を活性化するためには、私たちは、どのような仕掛けを用意すればいいでしょうか。ワークショップの世界では、こうしたノウハウがいわば実践知として蓄積されています。本書でも、少しそうした内容に触れています。

僕も内省してみました

あなたは、大人に学べと言う。

あなたは、大人に成長せよと言う。

あなたは、大人に内省せよと言う。

 それならば、そういう「あなた」はどうなのだ?

あなた自身は、学んでいるのか?

あなた自身は、成長しようとしているのか?

あなた自身は、内省しようとしているのか?

 前にも述べたことがあるかもしれませんが、人材育成の言葉、教育の言葉というのは、必ず発した側にブーメランのように戻ってきます。『リフレクティブ・マネジャー』で僕は、内省することの重要性をこれでもか、これでもか、と述べました。それだけ他者に内省せよ、と述べるならば、僕自身が内省をしなくてはウソになります。この本の最後には、僕自身の研究のあり方、仕事のあり方を内省しています。僕の陳腐で凡庸な内省ですが、嗚呼こんなものでよいのか、とご笑覧いただけると、リラックスして安心して、皆さんに内省いただけるのではないかと思っています。

 というわけで、今月は著書の宣伝になってしまいました。すみません。でも、2年間かけて書いた本ですので、もしよろしければぜひご一読いただき、感想をお寄せいただけると嬉しいです。