Vol.3 今、企業に必要なのは“ダイアローグ”である
“乾いた”コミュニケーションは伝わらない
2年ほど前のことになりますけれど、下記のようなエピソードを耳にしました。この話は、企業や職場におけるコミュニケーションの問題を考えるうえで、非常に示唆に富みます。少し長くなりますが、ご紹介しましょう。
舞台は大手電機メーカーです。主人公は40代後半のA課長。A課長は、ここ数年で、いつの間にか職場の雰囲気も仕事のやり方もすっかり変わってしまった、と嘆いています。
「この10年で何が変わったかって? そうだなぁ……最近、何かとパワポを目にすることが多くなったことかな」
A課長の会社では、パワーポイントがあふれています。月に一度の部会議や経営会議では、発表者からの資料はすべてパワーポイントの「配付資料」として配られます。
美しいチャートに、箇条書きでまとめられたコンセプト。関連するデータはふんだんに取り入れられ、グラフ化されています。申し分なく「ロジカル」で、文句のつけどころはない「きれいなプレゼン」を毎日のように目にしています。「ロジカルできれいなプレゼン」は会議室の外でも続きます。A課長の部下の中には、日中、話をする時でも、プレゼン資料を持参してくる人が増えてきました。
「課長、新商品の提案書を作ってみたんです」
部下は資料をA課長に見せながら、雄弁に説明します。
「課長、この商品のコンセプトは、ここの図で説明してありますように・・・・・・」
「課長、この商品のターゲット層に関しては、3枚めのスライドのチャートに示してあるように・・・・・・」 とうとう、いたたまれなくなって、A課長は、部下の言葉を遮りました。
「君の言いたいことはよくわかるんだけど、何となく腹に落ちないんだよなぁ。説明の内容は、それ自体、申し分ないよ。でも、まず、この商品の、これまでのプロモーションの問題はいったい何かね。君自身は、「何」を問題だと考えて、この提案をしているのかね。そのうえで、君は、いったい「何」をやりたいのかね。僕にはどうも腹落ちしないんだよな」
しばしの沈黙のあと、部下は答えました。
「その点を踏まえて、もう一度パワポを作り直してみます」
これでエピソードは終わりです。皆さん、いかがでしょうか。A課長が本当に知りたかったこと、話したかったことは何だったのでしょうか。彼が「腹に落ちる」ために必要だったことは何でしょうか。
A課長は、部下が「何を問題と捉え、この提案をしているか」というということを知りたいと思いました。そして、「この仕事を通じて、彼が何を成し遂げたいのか」を理解したいと願いました。仕事をしていくうえで、そうしたことをきちんと理解しておくことは、とても重要なことだと彼自身は考えているようです。
一方、部下はロジカルでキレイなプレゼンテーションさえ作れば、仕事を達成できると考えています。ロジカルに、モレなく、ダブリなく、よどみなく、情報を伝えられることが、仕事をしていくうえでとても重要であると考えているかもしれません。それらはもちろん、必要な情報なのですけれども、それだけでは、A課長の「腹には落ち」ないのです。事実、A課長の指摘を受けても、部下は「もう一度パワポを作り直してみます」と述べています。 この時、A課長とその部下に必要だったのは、商品提案のパワポを作ることではなかったかもしれません。提示された情報をもとに意思決定を行う前に(A課長に迫る前に)、「対話(ダイアローグ)」を行い、「問題」が何かを「探求」し、コンセンサスを作ること、それこそが、この二人には必要であったように思います。
さて、このような事態は、この企業だけの問題でしょうか。いいえ、現代の企業で(もちろん、大学でも)よく起こっていることではないかと思います。皆さんは、A課長のような思いをしたことがありますか。あるいは、部下として同様のことを上司に指摘された経験がありますか。もし、そうだとしたら、皆さんの職場のコミュニケーションも、少しだけ“乾いて”しまっているかもしれません。そこには「対話」が必要なのかもしれません。
硬直したコミュニケーションにはまる企業
この話は、僕が「企業・組織におけるコミュニケーション」の問題を考えるきっかけになりました。そして、この知的探求は、産業能率大学の長岡健先生との共著で、先日出版された『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社)という書籍に結実します。企業・組織におけるコミュニケーションの問題は、すでにたくさんの先行研究があり、そして巷にはそれに関する書籍があふれています。しかし、それらの多くは「コミュニケーションを活性化すれば問題は解決する」「コミュニケーションを円滑にすれば、ギスギスした職場はイキイキし出す」という非常に単純な仮説(前提)のもとに執筆されています。
『ダイアローグ 対話する組織』は、あえてそうした単純な仮説を前提にしていません。その内容は、とてもこの誌数でまとめることができませんので、詳しくは本をお読みいただくとして(笑)、この本で僕と長岡先生が問題意識として持っていたことは、端的に言うと下記の2点です。
㈰企業における人々のコミュニケーションは、硬直しています。それは「導管モデル」というコミュニケーションモデルに支配されています。導管モデルとは、「情報の送り手」と「受け手」の間にパイプ(導管)のような情報の流通経路があり、そこにポンと情報を投げ込めばそのまま受け手に内容が伝わると考えることです。本連載の第1回で紹介した、「先生の頭から生徒の頭に知識・情報を注入する」という「学習観」も導管モデルになります。
㈪「導管モデル」から抜け出し、人々が共に同じ問題に向いて、協力して問題解決のために仕事のあり方、職場、組織を変えていくためには、組織におけるコミュニケーションを「対話」に、適宜、切り替える必要があります。
ダイアローグの場をつくる
私たちは、いったい企業・組織の中で、どのように「対話」をしていけばいいのでしょうか。本書では、僕が主催しているLearning bar*など、さまざまな「対話」の場についてもご紹介しています。また、「学びのサードプレイス」という新たな概念も提案しています。
ラーニングイノベーション̶̶学習による変革をもたらすためには、その大元であるコミュニケーションを見直すことがどうしても、必要になります。
要するにポイントは、「少しだけ乾いてしまった、私たちのコミュニケーションの本質を少し見直してみると、我々の仕事のあり方が変わりますよ。そのことは、我々の学び、成長にもつながるはずですし、組織の変革につながりますよ」ということです。そのことを、社会構成主義(Social Constructivism)、コミュニケーション論、組織学習論というコムズカシイ理論を軽妙なタッチとノリ(笑)で紹介しつつ、論じています。
コミュニケーション不足を補うために「飲み会でもやろうか」「社内運動会を復活させようか」と考える前に、ぜひ、「コミュニケーションとは何か」について、一歩下がって考えてみてはいかがでしょうか。
*)Learning bar:人材教育にかかわる見識者と著者の発表を中心に、さまざまな業界からの参加者が集う研究会。参加申込みは著者のHPから。