第98回 至近距離の対話力

前回のメルマガで紹介した“DJポリス”の機動隊員の方はメディアでも多く取り上げられていた。ことばの選び方とサッカーファンの目線に立った語りかけは多くの人の共感を呼んだ。実は、この隊員の方は過去に「誘導役」で失敗も経験しているとのことだった。それをバネに、ご本人は意識して自らの「伝える力」を鍛えてきたわけだ。

本来は、ことばを鍛え、伝える力を持っているはずの政治家が失言、迷言、そして暴言によって問題をひき起こす場面を我々はあまりにも多く見てきた。もちろん、取材する側に前後の脈絡を切り取られてしまい、発言をマスコミに叩かれるという事例もある。あとで、状況を見てみたら、決して問題発言ではないということもある。ただし、それらは少数派ではないだろうか。

以前、私は日本を代表する中堅政治家数名とビジネスパーソンとの対話をすすめるファシリテーター役を四年間やったことがあった。拙著、「ロジカルリスニング」の中でも紹介したが、対話力を鍛えていない方があまりにも多かった。それどころか、自らの思いこみにとらわれているせいか、詭弁によって我々を煙に巻こうとした人、質問を聞けない人が目立った。プレゼンスキルに至っては、ほとんどの方が身につけていなかった。彼等はいずれも学歴や職歴は輝かしいもので、海外の大学院に留学した人もいた。

この政治家との対話セッションに参加していたビジネスパーソンと、「なぜ、彼等はあれほど独りよがりの話し方をしてしまうのだろうか?率直な質問に答えられないのだろうか?」とその原因を話し合ったことがある。

その原因として我々の見解が一致したのは、まず、率直な質問、つまり、つっこみに対しての「馴れ」がないことだった。もちろん、彼等は国会やテレビの討論番組での質疑応答は経験している。ところが、そのやりとりをちょっと冷静に観察していると気づくことがある。テレビの国会中継では、本質的な中身に迫る質問よりは、自分のパフォーマンスのために行う質問が目立つのだ。また、挙げ足的な質問も多い。それらに対して、のらりくらりとかわすことや、詭弁で応えることはやっていても、素直な質問に対して、噛み合う対話が出来ていない。

つまり、慣れ合いではない、「至近距離での対話」が出来るのだろうか、という意味だ。恐らく、「有権者と多くの対話をしていますよ!」という政治家や議員候補の方から反論がでるだろう。私がここで言っているのは、駆け足で握手だけすることではないし、後援者に囲まれている中での講演でもない。あるいは、「ぶらさがり取材」の記者に自分のコメントだけをつげることでもない。

反対の立場の相手に対しても、至近距離で真摯にむきあいながら様々な問題に取り組んでいる政治家もいるだろう。それは、特定の団体の便宜を図ることではない。立場の違いを超えて、複雑な問題の構造を明らかにするための対話ができることだ。せめて、今度の選挙はそんな候補者が多く選ばれることを願いたい。