第83回 日本のエリートはなぜ「想定外」の問題解決に弱いのか?(その1)
幸二「品定めは済みましたか」
中略
妙子「品定めだなんて、とんでもないことです。ただ、私は想定外の出来ごとに弱いので」
幸二「分かります。東大を出た人は、皆そうだ」
「確か東大ですよね、野上さんは。東大を出た人は皆、準備万端で臨んだ闘いには負けないんだけれど、不意打ちに弱い」
真山 仁 著 「マグマ」 p63-64
2010年、このメルマガでなんどか触れたドラマ「ハゲタカ」の原作者、真山仁さんと対談する機会があった。真山さんは日中合作の原子力発電所がステーション・ブラックアウトを起こしてしまうことを扱った小説「ベイジン」を書かれていたので、3・11以降、メディアでも福島の原発の件についてコメントしていた。
その真山さんが、地熱発電について扱った小説が「マグマ」だ。九州にある地熱発電の会社の再生を請け負った主人公「妙子」が、当初は「お飾り社長」のようにしか見えない「幸二」と出会った時のやりとりが冒頭の引用だ。3・11以降に改めて、この個所を読んでみると重い響きに感じられるのは私だけではあるまい。
もっとも、「想定外の出来ごとに弱い」、「不意打ちに弱い」のは、何も東大卒に限らない。
3・11、福島原発事故の調査が、1年たって、ようやく少しずつではあるが当時の状況を明らかにしはじめていた。やはり、人災であった点は否めないようだ。
たしかに、津波と水素爆発の後、瓦礫が山積した原子力発電所の様子を写真で一目見れば、現地がいかに過酷な状況にあったかは想像するのに難くない。その中で、必死になってなんとかしようと現場で作業をした方々が数多くいたことも明らかになってきた。
それを踏まえた上で、やはり、政府、保安員、東京電力のリーダーシップ、特に上のポジションにいるリーダーほど、厳しい評価をせざるを得ない。1年前の本メルマガ(第71回)に次のように述べた。
東京電力に乗り込んで、「あなたたちしかいないでしょう。撤退など有り得ない。覚悟を決めて下さい」と譴責した首相はなぜ、「あなたたち」を「わたしたち」と言えなかったのだろうか?
もし、「私達」、「俺達」と言っていたら、少なくとも一体感が醸成できたのではないだろうか。現実は、当時の菅直人首相の東電での叱責と詰問口調は現場にいた人達にとっては、作業中断などのマイナスにはなっても、なんらプラス材料になっていなかったことが明るみになっている。
知日派にして、大統領のアドバイザーの経験も持つディーン・ウィリアムズによると、非常事態型試練に必要なリアル・リーダーの要件として、次の4つを挙げている。
★緊張を和らげ、考える時間をつくる
★平静さを保ち、騒動に巻き込まれない
★人々の暴発を防ぎ、真の目的を思い出させる
★柔軟性を持ち、すべての選択肢を検討する
そして、「状況把握が極めて難しい窮状では、自分だけが『答えを持っている』『前進への道筋を指し示すことができる』と考える傲慢さを持ってはならない」と指摘している。菅前首相が、自分が一番原子力の問題に詳しいと周囲の人間に述べていたことはやはり事実のようだ。
もちろん、菅前首相のリーダーシップが原因の全てではない。但し、非常事態型試練に必要なリアル・リーダーの要件は残念ながら発揮されなかった。そして、政府、保安員、東京電力の上層部のリーダーシップ不足と説明責任能力不足については、1年以上たっても、いまだに不満が解消されていない。
最大の原因は、教育制度にありとみている。2006年に出した「大学院生のアタマの使い方」の中で私は次のように述べた。
日本の教育制度は、「思考をカタめる」方向で教育がなされてきたと考えています。「ゆさぶられたことのないアタマ」は変化の激しい時代にはその脆弱さを露呈するものです。
そう、打開策は「アタマを揺さぶれ」にありだ。(次回につづく)