第61回 日本板硝子が教える3つのレッスン

株主総会の季節が近づくと、トップの交代をはじめ新役員体制の方針が広く社外に知られてくるようになる。

今年四月にメディアが注目したトップ交代一つに日本板硝子の「二人目の外国人社長」があった。2006年に売上高が2倍の英ガラス大手ピルキントンを買収した同社が、ピルキントン出身のチェンバース氏を社長に招いた。当時、かなり話題にのぼったので、覚えている方も多いだろう。しかし、このチェンバース氏、昨年9月に、「家庭の事情」で急きょ辞任。それから半年たった今年の4月、同社は次期社長も再び外国人、しかも外部から招へいすることを発表している。

さて、この日本板硝子のケースで明らかになったレッスンが3つある。

まず、私が数年前から言い続けてきた「グローバル・リーダー欠乏症」だ。拡大するグローバル事業をまとめあげることができるグローバル人材、特にリーダーが圧倒的に足りないと事実だ。この悩みがようやく、日本企業の共通認識となった。二人続けて外国人が社長就任ということは、他の日本人役員はなにをやっているのだろう?やはり、無理なのだろうか?という思いが禁じえない。同社に限った話ではなく、多くの日本企業に対してもいえることだ。

第二に、人のデユー・ディリジェンス(事前の実態精査)が甘い、という点だ。単身赴任のチェンバース氏の「家庭の事情」とは英国に残した長男との関係がぎくしゃくしてきたこととのことだ。今から、18年前、私のいたコンサルティング会社はクライアントの依頼によって、上級幹部を採用する際のアセスメントセンターの役割も有していた。つまり、ヘッドハンターがクライアント企業にすすめる候補者が、本当にその役割にこたえられるポテンシャルを持っているか、どうかを丸2日かけてアセスメントを行い、クライアント企業にレポートするものだった。候補者にわざわざシリコンバレーまで来てもらい、5-6名のコンサルタントが入れ替わり立ち替わり、インタビューはもちろん、シミュレーションエクササイズ、インバスケット、ケース分析そして、ランチに加えて、ディナーもゆっくりとりながら、候補者を多面的にみていくものであった。このプロセスで明らかになったのは、本人のコンピテンシーはもちろん、そのポジションに対して、どこまで本気でやりぬく覚悟ができているかという点だ。誰にでも、家庭の事情はつきものであるが、今回のケースでどこまで人のデユー・ディリジェンスができていたのか、疑わざるを得ない。この分野は多くの日本企業がこれから真剣に取り組まなければならないだろう。

第三に、上記と関連するが、不測の事態にどこまで備えているのだろうか?つまり、人事のコンティンジェンシー・プランはあったのだろうか?という点だ。チャンバース氏が辞任を伝えてから、次の社長が決定したのは、半年後だ。(移行期間は現日本人会長がつとめたが)買収企業の統合プロセス、いわゆるPMI (Post-Merger Integration)の中で、キーパーソンのコンティンジェンシー・プランを用意するのは定石だ。かつて、IBMがロータスノーツを買収した後、ロータス側の社長が1年後に会社を辞めることをIBMに打ち明けた直後に、新社長をロータス側からまた選び、合意を得て、プレスリリースまでやったこととはあまりにも対照的だ。

以上の3つのレッスンに共通しているのは、どれもが「多異変な時代の人事イシュー」であることだ。日本板硝子から我々が学ぶレッスンは日本企業が直面している厳しい現実を見せてくれる。