第50回 「知的後退」の連鎖を止めろ!
「知の後退からいかに脱却するか?」(光文社)を書いたのは大前さん。同書の中で「とくにここ数年の日本社会を見ていると、頭脳を駆使することを放棄している人間、つまり、"考えない人間"が驚くほど増えているのではないか」と述べている。また、かつて「新・国富論」(講談社、1986年)、「平成維新」(講談社、1989年)というミリオンセラーを出した経験から、今はそのような"お堅い本"は売れず、いかに楽をして成功できるかというお手軽な本しか売れない状況を厳しく分析している。
さて、大前さんとの対談本、「グローバルリーダーの条件」をネタに、どのぐらいの人が『大前研一』を知っているか、企業研修の中でやってみたら気がついたことがある。ご参考までに、私は、このような「知っている、知らない」という「Knowing チェック」は参加者の心理的要素が働きにくいように「かなり多くの人は手があがるとおもいますが」、「皆さん、御存知のように」なとのフレーズは一切言わない。以前、うっかり、「よく知られていますが」などの挿入句を入れて聞いてしまったことがあるが、そうすると、かなしいかな、日本人固有の「まわりにつきあって手を挙げる」という現象が見られるからだ。
かわりに、「XXXって聞いたことが、あったか、なかったか、覚えていないか、三たくでいきますから、どこかで手を挙げて下さい」と言って、確認作業をしている。もちろん、「聞いたことがある」というグループの中には、「大前ファン」も著書を数冊読んだ人も含まれる。
それでは、「聞いたことがある」人がどのぐらいの割合なのか、結果をいくつか紹介しよう。
16人中16人となったのは、大手製薬企業の役員及び幹部研修。参加者は48歳から60歳代というグループ。この世代は圧倒的認知度だ。ところが、某優良企業として有名な大手企業で18人中12人、つまり6人は『大前研一』を知らない、と答えた。しかも、「MBAビジネス研修」と銘打った半年間の研修を終えたグループなのだ。年齢は30代から40代。そして、ある大手企業の入社2年目研修では、「聞いたことがある」が、なんと28名中6人という状況であった。ちなみに、「勝間さんを聞いたことがある」は28名中14人。恐らく、「大前ファン」ではなくとも、勉強している人や、「人材教育」の読者から見たら、「信じられない!」という状況かもしれない。たしかに、大前さんが自ら著書の中で述べているように、90年代から比較すると明らかにTVなどのメディア露出を減らしている影響があるのかもしれない。
誤解がないように言うと、私が言いたいのは、大前さんの宣伝ではない。ヨイショでもない。私が危惧するのは「世界のマネジメント・グル」としての『大前研一』が日本で忘れられてきている現象の中に、日本人の知的意欲の後退を見るからである。念のため、大前さんは、海外での評価は相変わらず高く、ムンバイで講演した時には10万人集まったと述べていた。日本では、そうはいかないだろう。
以前、述べたように、アンテナを高めて、勉強している人とそうでない人との格差が広がっているのだ。そして、前者はまだ哀しいほど少数派であり、そのことを私は憂いている。先日も、ある大手企業で合計10か月間の「社内MBA型研修」で愕然とした。参加者の雰囲気から、どうもあやしい、と思ったので、「MBA」について確認してみた。「この講座が始まる前からMBAって聞いたことがあった方は?」この質問に、Yesと答えたのは、23人中、6人だけ、なお且つ「MBAは何の略語か解説できる人?」と尋ねたら、6人中5人は手を下し、Master of Business Administration と答えられた人はたった一人だけであった。別の大手企業でもやってみたら、やはり、24名中、答えられたのは1名。参加者は上司が推薦し、「出て来い」と言っているにもかかわらず、その上司がきちんと説明していないことがうかがえる。会社はこのご時世の中で安くないお金を投資しているにもかかわらずだ。繰り返すが今さらMBAの宣伝ではない。
私のJMAM主催の公開講座「ファシリテーター育成セッション」やビジネスブレークスルー、あるいはMCC(丸の内シティキャンパス)主催の講演に来ていただいた方、つまり自ら学ぼうという人達からみると、「えっー?」と言うような状況なのだ。
もちろん、知っている、知らないというのはまさに、knowingであって、鍵はThinking をどうするか、ということを私は主張してきた。それを踏まえても、憂うる結果なのだ。
知的後退の根底には好奇心、探究心という知的意欲の後退があると考える。その意欲が萎えてきているのではないだろうか?その原因には、閉塞感が蔓延する日本の状況と決して無関係ではない大きな問題があると思うのは、私や大前さんだけではないだろう。(続く)