第23回 「鈍感力」にモノ申す
「鈍感力についてコメントしてもらえませんか?」という依頼メールをもらったのは3月下旬。依頼者はフジテレビ「スタ☆メン」の番組制作スタッフであった。実はその前に「アエラ」で「鈍感力」についての特集があり、その中で私がのべた辛口コメントに興味を持って頂いたようだ。同番組の「つっこみジャーナル」のコーナーでインタビューとして紹介したいとのことで、早速収録をした。放映の日、能登半島地震が起きて、番組構成は変更となり、「つっこみ・・」コーナーはなくなった。親しい仲間からは「一体、何を話したんですか?」ということを聞かれた。
そこで、今回は最近話題になっている渡辺淳一氏の「鈍感力」について、インタビューで収録しきれなかったところも含めてコメントしたい。
正直、「アエラ」の取材を受けるまで、本は書店で見かけたことはあったが、読んでいなかった。早速、買って読んでみたら驚いた。はっきり言って「トンデモ本」だ。書店のしおりが挟まっていた箇所からいきなり、渡辺氏はとばしていたのが目についた。
***以下110ページからの引用***
事実、多くの女性は、「多少、気に入らなくても、何度も何度も誘われ、懸命に口説かれると、そのうち次第に心をほぐされ、好きになるかも・・・」といっています。とにかく女性は口説かれるのが好きな生きものなのです。この習性を見逃すことはありません。そして、この習性を利用して女性をゲットするためには、優れた鈍感力が欠かせません。
***引用おわり***
この箇所を読んだストーカーがさらにエスカレートしないことを願いたい。さすがに、上記の文章の直後にちょっとだけフォローが入る。
****以下引用****
もちろん、すべての女性に、それが通用するわけではありません。しかし、かなりの女性はこの鈍感力に弱く、最後に受け入れてくることが多いのです。
****引用終わり****
「多い」とか「かなり」とか平気で書けるところがまたすごい!恐らく、このあたりをつっこむと「私の知る限りは・・」と返ってくるのかもしれない。第一、男女の関係についてその「大家」である渡辺センセーと議論するつもりは毛頭ない。問題はこうした独善的かつ断定的な記述だけではない。
「アエラ」もテレビのインタビューでも、「鈍感力の、特にビジネスでのメリットは?」という質問を受けた。どちらにも「百害あって一利なしとは言わないまでも、99害です」と述べた。確かに、世の中、いろんなことに過敏になりすぎて、それで苦しんでいる人はいる。そのような人がこの本を読んで、「ほっとする」ということはあるかもしれない。それは認めよう。
しかし、どちらかと言えば、そのような人よりも、周囲に対して鈍感な人は山ほどいる。なによりも彼らに「鈍感でいいんだ!」と居直ってしまう口実を与えてしまうことだ。さすがに渡辺氏は4月6日の日経新聞の特集の中でも「鈍感と鈍感力は違う」と弁明がましいコメントをしていた。ネーミングでヒットする本は確かに多い。渡辺氏ももしかすると、ことばの一人歩きに困っているかもしれない。
その一人歩きを助長し、「鈍感力」の売上貢献をしたのが、小泉前首相だ。支持率低下の安倍首相に「鈍感力が大事」と助言した。以来、「鈍感力」がブレークとなったわけだ。
さて、このパターン、どこかで記憶がないだろうか?そう、養老孟司氏の「バカの壁」だ。小泉さんは首相時代、国会答弁の中で「話せばわかるというのはウソらしいという本があったけど」と引用して野党からの追及を逃れた。確かに、揚げ足とりや瑣末なことばかりつつくような国会質問では、そのように言いたくなるのもよくわかる。が、小泉さんはワンフレーズのしかも詭弁と奇弁で、周囲を煙にまくのが得意なのだ。困ったことにその前の首相たちからみると、多少反応スピードがいいので彼が「歯切れがいい!」と見えてしまうのだ。念のため、私は「バカの壁」については評価しているところもある。こちらは5利あって、5害というところだろうか。
「鈍感でいいんだ!」「話せばわかるは無理だから、話さなくてもいいんだ!」と居直る人が増えれば世の中、ますます住みにくくなるだろう。冷静に考えればわかることだが、こうした本を話題にするメディアにも責任がある。さすがに「鈍感力」はアエラや先の番組スタッフも懐疑的なスタンスを持っていたのだが、「あの有名な●●先生が書いたんだから・・」と思考依存症の人はすぐに飛びついてしまうわけだ。本質的には「納豆事件」となんら変りはない。
最後に渡辺氏に言っておきたい。おそらく、ご本人はその意図はなかったかもしれない。表紙には「男と女の人生講座」と入っている。しかし、●●力とついて、あたかもスキルのように見せないでほしい。実際、だから私のところにアエラの取材が来たわけだ。ましてや、ビジネススキルと勘違いさせないでくれっ!と言いたい。つまり、ドメインエラー、カテゴリーエラーを起こしていることだ。私が「愛の流刑地」や「失楽園」みたいな話を書くだろうか?と言えばわかりやすいだろう。そんなものは、誰も読みたくない。