第21回 師を求めて、師に寄らず
私のセミナーに参加していたいた方には、お馴染みのルールがいくつかある。質問されたら3秒以内に反応しななければならない「3秒ルール」については以前紹介したことがあるので、今回は「先生と呼ばない」という、講師の「さん」づけについて紹介したい。
なぜ、「先生」と呼ばないのか、呼ばせないのか。その理由は「先生が言っているから……」といった「思考依存症」を避けるためである。第一、「大先生」と呼ばれるような政治家のセンセイを持ち出すまでもなく、「先生」と呼ばれる側も思考停止の病には要注意である。
呼ぶほうも呼ばれるほうも、思考を活性化したい……そんな意図から「先生と呼ばない」ルールを、私のセッションでは守ってもらっている。興味深いことに、たまにこのルールを参加者に伝え忘れてしまったとき、つまり、参加者が「先生」と呼んだまま、セッションが最後まで行き着いてしまうときは、お互いにインタラクションが盛り上がらないこともある。
さて、何事にも例外はある。かく言う私が、どうしても「さん」づけでは呼べない「師」が何人かいる。拙著の中でも何度か紹介してきた元産業能率大学教授の小林薫先生はその一人である。今では、お会いする機会は年に2、3回程度になってしまったが、会うと必ず「最近読んだ本で面白かったものは?」と聞かれる。私にとって、ライフタイムラーナーのロールモデルだ。
またもう一人の「師」は、ビジネススクールで出会ったロバート・モラン先生である。グローバル組織経営や異文化コミュニケーションに関し、多くの著作を執筆、この分野の第一人者である。モラン先生の授業は毎回満員になってしまったのだが、「私は日本からあなたの授業を受けたいために来たのです!」と直談判して、クラスに入れてもらったことがある。それ以来、在学中いろいろなアドバイスをもらった。「将来、本を書きたいのですが……」と言った私に「簡単だ。2つのことをやればいい。一つは、少しだけ独自の視点を持つこと。あとはハードワークだけだよ!」と明瞭に答えていただいた。このことばをもらったからこそ、これまで9冊の本を書いてこれたのである。
ビジネススクールに行く前の私は、大学時代から「新体道」という武道のインストラクターを務めていた。創始者である青木宏之先生に十数年間師事し、時には、今考えれば尋常ではない手法で「学び」の原理である、「心技体一如、霊肉一致」を学ぶことができた。こうして振り返ってみると、人生の節目節目で「よき師」に出会い、その都度、大きな学び得てきたことは、私にとって何にも代え難い財産だ。
最後に、私の人生に10代前半の頃から、大きな示唆を与えてくれた故青木利茂先生について述べておこう。「孤高の画家」と評価されている青木利茂氏は1926年に生まれ、「日本的色彩の詩人」と呼ばれた故庫田(くらた)てつ画伯に学んだ。道祖神1500体を取材し、独自の画風を打ちたて、晩年には太陽・木・自然をテーマに幻想的な作風にネオ・シュールレアリズムの新境地を開いた。2005年に逝去されている。青木先生に小学校から絵を学んでいたが、実は絵よりも先生は人生を語ってくれた。「一回しかない人生を、死ぬときに後悔しないように生きろ!」と教えてくれたのは中学生時代に参加した夏季キャンプのときだった。
「教師はいても、育師がいない」というようなことを河合隼雄氏が言われていたようだが、その意味で青木先生は本当の教育者であった。その先生の遺作展が3月7日から11日まで、町田市民ホールギャラリー(042-728-4300)で開催されるので、興味のある方は是非足を運んでいただければ幸甚である。