第7回 理を求めて利を追わず
2005年も終ろうとしている昨今、またまた呆れた事件があいついでいる。今回取り上げたいのは、マンションなどの耐震強度偽装事件とみずほ証券のジェイコム株の誤発注の問題だ。
以前から私は「多異変な時代」に突入していると述べている。これは堺屋太一氏の著書「大変な時代」をもじったものだ。堺屋氏はこの中で日本には、成長神話、雇用神話、そして土地神話があったが、それらが崩壊してくることを今から10年前に指摘している。
今年はさらに「日本の安全神話」が崩れる神話に加えられた。「多異変な時代」の中身は、不確実性、多様性、そしてスピードの三つの要素であり、これらに上手く対応できないと文字通り「大変」になってしまうわけだ。耐震強度偽装事件とみずほ証券のジェイコム株の誤発注、この二つの事件も「多異変な時代」の産物であると見ることもできよう。
かつてカントは、「将軍は理性を、将校は判断力を、兵隊は理解力が必要である」と述べた。ピラミッド型組織の原点でもある軍隊の役割と必要なスキルをわかりやすく説明している。ところが、変化が激しく、スピードを求められるフラットな組織では、誰もが理解力に加えて、判断力、そして理性が求められるのだ。
こうして見ると、マンションなどの耐震強度偽装事件については、あまりに理解力、判断力そして理性を欠いていたことが確認できるだろう。コスト削減の圧力がいくらあっても、自分の職務について最低限の理性があったらここまで深刻な事件には広がらなかっただろう。また、株の誤発注については、東京市場のシステム上の問題はあるにせよ、みずほ証券側の判断力不在は否めない。
しかし、私が特に問題視しているのは、誤発注と知りながら買い注文を入れて暴利をむさぼった人達の理性不在だ。さすがに誤発注によって多額の利益を上げた証券会社は売買益の返還を申し出ているようだが、個人投資家を含めて皆が返還するわけではない。テレビのインタビューに答えていたある個人投資家は「後ろめたさはあったけど、とにかく儲けさせてもらいましたっ!」と語っていた。
日本はいつからこんなに、「利」をひたすら追求するような風潮が蔓延してしまったのだろうか。
そこには信義誠実の原則もなく、「理」はどうでもいいという具合だ。倫理も論理も、そして道理もない。まさに理性が働かないわけだ。実は前述の通り「多異変な時代」だからこそ、理を求めていく必要がある。これからは「理を求めて、利を追わず」といこうではないか。