第4回 「似て非なるものを見抜く目、「クリティカルな目」を持つ(その1)」
前回まで「変革の時代を生き抜く知恵」として「はやりとうねりを見極める目」について述べた。 2番目にあげたいのは、「似て非なるものを見極める目」である。これは言い方を変えれば、「クリティカルな目」を持つことでもある。
クリティカルという言葉は「クリティカル思考」あるいは「クリティカル・シンキング」という概念の普及に伴い、かなり一般化しているようだが、ここで一応確認しておこう。
クリティカルは日本語になりにくいが、単に批評する、批判するということではなく、「分ける」というギリシャ語の語源に鍵がある。つまり、真なるものと偽なるものを見分けるということであり、まさに「似て非なるものを見極める」ことでもある。
なお、クリティカル思考の技術については、いずれ技術編で詳細に紹介するので、今回はあくまでも、その基礎となる目、つまりものごとの見方について述べておこう。
では、なぜ「クリティカルな目」が変革期に重要なのだろう?
まず、変革期には不確定な要素が多くなる。その結果、情報が氾濫しやすくなる。さまざまな情報からさらに多くの解釈が生まれ、それがまた情報氾濫を助長する。
「クリティカルな目」を持たなければ、単に情報の取捨選択ができないだけではなく、この渦に飲み込まれてしまうのだ。
特に、変革を進める立場にある者にとってはこのことは極めて重要だ。混乱した社員から思いもよらぬ疑問を投げかけられる場合があるのだ。
「権限委譲を進めるとトップが言うから、部長たちが部下に仕事の丸投げをしている」
「変革の抵抗勢力を取り除くのは良いけれど、結局は周りをイエスマンで固めているだけだ」
「危機意識を持とうと言われているけれど、社員の不安感を煽るようなことは、いかがなものであろうか?」
「理念を共有するとか言うけれど、これではカルトグループをつくるのとどこが違うんだ!」
さて、いかがだろうか? 皆さんならこれらのコメントにどう答えるだろうか? 次回まで考えてみよう!