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経営者が語る教養|好奇心は人間の本能遊びも含めた異質な経験と知識で感性は磨かれる林野 宏氏 クレディセゾン 代表取締役会長CEO

林野 宏氏

かねてから、BQ(ビジネス感度)= IQ(知性)× EQ(理性・人間性)× SQ(感性)という指標を大切にしているクレディセゾン。
その提唱者である会長の林野宏氏は、なかでも大切なのはSQであり、SQを高めるために欠かせないのが教養なのだと話す。
教養に欠かせないという「遊ぶこと」とは。
そして「自由であること」とは―― 。
同氏が考える教養について、自身の経験と合わせて語ってくれた。

[取材・文]=平林謙治 [写真]=中山博敬

教養を規定しないのが教養の本質

「教養」と聞いて連想するイメージに近いのは、次のどちらだろう。

A:クラシック音楽に詳しい

B:ロックに詳しい

「Bという人は少ないでしょうね。でも本当は、AもBも『教養』なんです。音楽ならクラシックが上等で、ロックや演歌は下……なんてことはないし、古いも新しいも関係ない。『教養とはかくあるべし』と規定しない自由さこそが教養の本質だと、私は考えています」

クレディセゾン会長の林野宏氏はそう切り出した。自らも様々な知の領域に造詣が深く、御年81歳にして、「大好きなロックに関する本を書いてみたい」と夢を語る。

「私はよく、教養を“泉”に例えて話します。泉は広く、できれば深い方がいい。そうすると波が起こりやすく、波と波が重なったところに新しい知恵が生まれる。イノベーションの、まさに“源泉”となるわけです。ビジネスパーソンでいうと、業務と直接関係のない、むしろ一番遠いところにある知識や一見無駄に思える経験ほど役に立つ。『教養の泉は広い方がいい』というのは、そういうことなんですよ。仕事から一番遠いといえば、遊びでしょう。遊びももちろん教養で、クレディセゾンには『遊びが大切。遊ぶことは学ぶこと』という文化がある。まぁ、そこばかり熱心なのも困りますが(笑)」


こうした教養ありきの人材観は、林野氏がかねて著書『BQ』などで提唱してきた理論に基づく。「BQ=ビジネス感度」という考え方だ。BQはBusiness Quotientの略で、知性を示すIQと、理性や人間性を示すEQ、そして感性・直観を示すSQを掛け合わせたオリジナル指標である(図1)。

林野氏は近年はこれにDQ(デジタルリテラシー)を加え、「次代を生き抜く新しい能力」と位置づけたうえで、「BQのなかで特に重要なのはSQ(感性)。感性や直観を磨いてBQを高めるには教養の裾野を広げていくことが不可欠」だと強調する。

BQ、そしてSQの概念は、日本のビジネスパーソンに向けた林野流“教養論”の核心といっていい。

頭の良さや人柄だけでは勝てない

林野氏が『BQ』を上梓したのは2012年、実は10年以上も前だ。しかし、その提言に古さを感じないのはなぜか。ビジネス環境の変化を見抜く先見の明もさることながら、昨今、その変化がいよいよ強まってきたにもかかわらず、企業も個人もいまだに対応できず閉塞感が漂っているからではないか。

「ビジネスはいまや、何でもありの総合格闘技になった」と、林野氏は指摘する。

「資本主義の本質である競争が激化する一方で、社会や市場はますます多様化、複雑化しているため、学校教育で習う理屈どおりに物事が進まなくなってきました。だから、頭の良さ(IQ)や人柄の良さ(EQ)は必要だけど、それだけでは勝ち抜けない。そこに鋭敏な感性(SQ)を掛け合わせたBQの高さが、何より求められるゆえんです。肝心なのは理屈じゃありませんからね」

林野氏が感性を重視するに至った原点は、新卒で入社した西武百貨店時代にさかのぼる。「感性経営」で一世を風靡した旧セゾングループの総帥、堤清二氏との出会いである。

「実業家として優れていただけではありません。堤さんは『辻井喬』のペンネームを持つ詩人・小説家でもあった。若くして室生犀星詩人賞も受賞しています。そんな人と仕事をしてみたいという思いから、当時はまだ後発の小さなデパートだった西武を就職先に選んだのです」

小さなデパートを一流の百貨店に押し上げ、池袋や渋谷の街を日本の情報発信基地へと変貌させた堤氏の手腕、功績は言を俟たない。林野氏によると、その感性は余人をもって代えがたいものだった。

「特にネーミングが秀逸でした。『パルコ』『無印良品』、以前のグループ名の『セゾン』も堤さんのアイデアです。いま、都市型SCはカタカナ三文字の名前が多いでしょう。元祖はパルコなんですよ」

そんな異色の経営者の仕事ぶりを若いころに間近で見た経験が、林野氏自身の感性に訴え、BQの肥やしとなったことは想像に難くない。

未来は予測困難だが、創り出せる

実際、林野氏のビジネス人生は、感性を中心としたBQによって切り開かれてきた。たとえば、西武百貨店時代に開局に関わった「J-WAVE」では、音楽が大好きな自分の感性を信じて自分が聴きたいと思う新しいラジオのスタイルを提案。トークを排し、音楽を流し続けるというアイデアが絶大な支持を集めた。

40歳目前で、クレディセゾンの前身企業である西武クレジットへ。「冥王星に流された」などと噂する者もいたが、林野氏自身はこの転籍を心底喜んだ。「近いうちに、クレジットカードの時代が来る」と、確信していたからだ。

「ヒントを得たのは、その数年前のアメリカへの視察旅行でした。デパートやレストランで、普通の人々がカードで支払いを済ませているのを見て、ピン!と来たのです。いずれ日本でもこうなるだろうと。当然、視察旅行の他の参加者も同じ光景を目にしていました。同じものを見ているのに、そこにビジネスのタネや変化の兆しを感じ取る人もいれば、何も感じない人もいる。その違いが感性の差、ひいてはBQの差ということになるのです。海外まで行って、『楽しかった』だけで終わってしまってはいけません」

林野氏が説く感性、つまりBQとは、つまるところ、まだ世の中にない新しい何かに「気づく力」に他ならない。もちろん気づきをビジネスにつなげるには決断力や行動力が必要になるが、感性の鋭さはそれらにも影響すると、林野氏は言う。

「理詰めでしか動けないIQ優位のタイプは、新しい何かを感じても、それを過去の理屈や常識で測ろうとするので、チャンスを逃しやすい。一方、感性に優れた人は理屈抜きに自分の直観を信じて決断、行動することができます」

サインなしで決済できる『サインレス決済』やカード利用ポイントの有効期限を撤廃した『永久不滅ポイント』など、林野氏がカード業界で起こしたイノベーションの数々は、その典型例といえるだろう。

「銀行系や信販系の大手に勝つには、業界の常識を打ち破るサプライズが必要でしたからね。理屈やデータで考えても、似たようなアイデアしか出てきません。データは過去の事実にすぎず、過去をいくら分析しても、未来を正しく予測するのは困難です。しかし、未来を自ら創り出すことはできる。新しい何かに気づき、行動してサプライズを起こせばいい―― できるか否かはBQしだいです」

リスクのある遊びが感性の鍛錬に

先述のBQの理論では、BQを構成する要素のうち、感性(SQ)をもっとも重視すると述べた。林野氏は、「会社の経営判断でも、IQはあくまで補佐役。メインはSQです」と断言する。それも、この仕事を誰に任せるかといった大事な案件ほど、直観を信じて即断即決するのだ。

そこには、長年にわたって教養の裾野を広げ、SQを磨き続けてきた“裏付け”があるに違いない。そうした域に近づくには、具体的に何をどうすればいいのか。

「ビジネスパーソンに必要なのは、学校や職場では学べない“異質”な経験と知識です。まずは自然や多種多様な芸術に触れること。そして、冒頭で述べたように、遊びも大切にしてください。人があれほど遊びに夢中になるというのは、遊びのなかに人間の根源的なものに触れる何かがあるからでしょう。繰り返しますが、遊びも教養であり、遊べば遊ぶほど感性は磨かれていくはずです」

囲碁や将棋、ゴルフに花札、ルーレットと、林野氏は遊びも幅広い。特に小学3年生から始めたという麻雀はプロ顔負けの腕前を誇る。

「リスクのある遊びというか、要は勝負事が好きなんですよ。勝負事の経験を積み重ねていくと、運やツキの流れがつかめるようになります。

運やツキは理屈じゃない。科学的に解明はできませんが、スポーツでもよく『勝負の流れ』と言うでしょう。強い選手や勝てる監督はその流れをちゃんと心得ているものです。

私の小学生時代の遊びはメンコかベーゴマでした。どちらもビジネスと同じで弱肉強食。勝負に負けるとなけなしの小遣いで買ったコマを奪われるので、とにかく勝つための努力をするしかありません。運とツキに対する感性を磨くには、そんなリスクのある遊びや勝負事が一番。資本主義とはリスクに応じてプロフィットを得られる仕組みですから」

DNA継承のための教養サロン

もちろん肝心なのは、感性を磨くために教養の裾野を広げることで、遊びだけがことさら推奨されるわけではない。実際、クレディセゾンの社員教育には、遊びとは逆の意味で“異質”な、硬めの教養をじっくり学ぶ仕組みが整備されている。

その名もずばり「R-academy」。林野氏の頭文字を冠した、幹部向けの社内研修である。おおむね部長・課長クラスの選抜メンバーを対象に、およそひと月に1回のペースで実施している。

「R-academyで取り上げるのは、『資本主義とは』『民主主義とは』『貞観政要の教え』『幸せな人生の条件』など、普段は考えないような、すぐに役に立たないテーマばかり。まさしく“教養サロン”です。私もそういう知識を堤さんのそばでたくさん学びました」

R-academyで用いるテキストも、林野氏自らが編集を担う。「経験を共有し、クレディセゾンのDNAを引き継ぎたい」との思いからだ。

「いくら教養の裾野を広げようと思っても、1日は24時間、1年は365日しかありません。逆にいえば、時間だけは何人も平等なわけです。それを何にどう使うか。適切な時間配分が人生の豊かさを決めるという考え方を、心に刻んでおかなければなりません。自分を磨くためだけでなく、時には大切な誰かのために大切な時間や知恵を使うことも必要でしょう。それが自分の幸せにつながっていくのですから」

ろくに時間の配分もせず、自分の目標だけを遮二無二追いかける人は、一見ストイックな努力家に思えるが、実は自分で自分の人生を追い詰め、貧しくしているのかもしれない。

自由な風土が好奇心を刺激する

本人の姿勢も大切だが、ビジネスパーソンのBQおよびSQの向上を促す周囲の環境づくりについては、どう考えればいいのだろう。会社や職場には何が必要か。

「異質な経験や知識を幅広く増やすエンジンは、好奇心。それは『知らないことを知りたい』という人間の本能であり、環境が整えばおのずとイキイキしてくるはず」と、林野氏は言う。同社が掲げるビジネスパーソンの在り方にも、「好奇心」「遊び」という言葉が使われている(図2)。


「好奇心の赴くままに動き回ったり、感性を信じて前例のないことに挑戦したりすると、当然失敗のリスクは高まります。現に、私も若手時代は幾度となく失敗をしました。しかし幸いなことに、西武百貨店は細かい失敗に目くじらを立てるような社風ではなかったので、委縮せずにチャレンジし続けることができたのです。そうした環境が、私のBQを鍛えてくれたことは間違いないでしょう。挑戦した結果の失敗を許容する組織文化の醸成は、マネジメントの使命です。BQの時代を勝ち抜くには、もはや避けては通れません」

誰かが新しい何かに気づいたとき、それを自由に口にできるムードや、スムーズに実行に移せるカルチャーがあれば、その環境で働くビジネスパーソンの知的好奇心は絶えず刺激され、教養の裾野も際限なく広がっていくに違いない。

林野氏がトップとして目指すのも、そうした組織だ。

「クレディセゾンの風土創りの10カ条では、第一に『言論の自由を保障します』と掲げました。私は企業も個人も、自由が一番大切だと考えていますから」

ドラッカーは、「マネジメントはリベラルアーツ(一般教養)である」と位置づけた。林野氏もこれに共感し、著書の中で「企業における人間軽視の傾向に歯止めをかけるには、教養ありきのマネジメントが必要」と述べている。

リベラルアーツ=Liberal artの元来の意味は文字どおり、「自由になるための学び」。学ぶことで自由になり、一方で自由が好奇心を刺激し学びをさらに深めるという循環につながる。今の時代、生きづらさを感じているビジネスパーソンにこそ、自由な学びを手に入れてほしい。

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