組織が変化し、新たな出会いも多いこの時期には特に重視したい「コミュニケーション」
中でも近年注目されている「アサーティブ・コミュニケーション」はぜひ身につけておきたいスキルです。そこで今回は、ビジネスコミュニケーションのトレーナーを務める大串亜由美氏の記事をピックアップ。あらためて、このスキルの効果やポイントについて学んでみましょう。
近年、多くの企業が関心を寄せている「アサーティブ・コミュニケーション」。
伝えたい相手に自分の伝えたいことを届ける自己主張の技術だ。
双方にメリットがあり、“ 掛け算の成果”が期待できるこのスキルについて、日本HPにて14 年勤務ののち、現在はビジネスコミュニケーションのトレーナーを務める大串亜由美氏に聞いた。
したいことをしたいと言う。してほしいことをしてほしいと言う。できないことはできないと言う。やめてほしいことはやめてほしいと言う―簡単なことのようだが、言えていない人、言っていても相手に届いていない人が少なくない。
そもそも日本人は、こうした「自己主張」に対し、わがまま、自分勝手、強引など、マイナスのイメージを持つことが多い。「アサーティブ(Assertive)」とは確かに「主張する」「断言的な」といった意味の形容詞だ。しかし、一方的に言い放ったり、こちらの言い分を相手に無理に飲ませることではない。
アサーティブ・コミュニケーションとは、「発展的」で「協調的」な自己主張のこと。そして「発展的」というのは、次につながるということである。例えば、自社の商品を強引に売りつけて今日の売り上げが立ったとしても、「二度とおたくでは買わない」と言われたり、後からキャンセルされたりしては意味がない。
また「協調的」というのは、相手の背景に関心を持ち、相手の困っていること、欲していることを理解しようとする姿勢である。相手の知らない言葉で話したり、相手にとって優先順位の低いことをどんなにがなり立てたりしても、聞いてもらえるわけがない。
アサーティブなコミュニケーションがとれれば、相手にこちらの意図をよく理解してもらうことができ、次にもつながるのである。
もちろん、アサーティブ・コミュニケーションでは言いたいことを言っていいし、したくないことはしたくないと言っていい。ただ、誤解してはいけないのは、言ったことが通ることが唯一のゴールではないということ。自己主張というと、自分の意見を通すことが目的と考えがちだが、そうではない。自分にしたいこと、したくないことがあるように、相手にもしたいこと、したくないことがある。
話し合った結果、「今回は相手の案が良い」と気づくこともあるし、別の方法で自分の目的を達成しても負けではない。どちらにもメリットがあり、どちらにも不満が残らない“本気のWin-Win”をめざすべきなのだ(図1)。
Win-Winというと、互いの主張の間を取って2で割る発想になりがちだが、必ずしも折衷案が良いわけではない。「半分ずつにするのがベスト」ということももちろんあるが、例えば、今回は利益が得られなくても、次につながる信頼関係が築ければ、それがこちらのWinになるかもしれない。
仕事なのだから、私たち自身も自分のゴールに到達し、しっかりメリットを持ち帰る。でも、1人ではゴールに到達できないから、相手のメリットも本気で考える。偽善的に相手のWinを考えるのではなく、全ては自分のWinのため。だからこそ、“本気”のWin-Winが実現できるのである。
アサーティブ・コミュニケーションはアメリカで生まれた考え方だが、相手に聞いてもらえて次につながる自己主張が必要なのは、アメリカ人だろうと日本人だろうと変わらない。
多くの人がよく誤解するのは、「アサーティブは日本のマナーに反するのではないか」という点だ。しかし、アメリカでもどこでも、ちゃんとした人はマナーを心得ている。日本人の中には、遠慮しているようで、相手に対する配慮に欠ける人が多い。
「もしお手すきでしたら、〇〇してもらえると幸いなのですが……」
人に物を頼むのが苦手な人は、額面通りに捉えれば「Mustではないんだな」と思われかねない言い方をする。だが仕事上で曖昧な表現をすると、かえって相手に迷惑がかかる。
頼むのが苦手な人は、断るのも苦手なことが多い。断るなら早く断ってくれたほうが別の手を打てるのに、何となくフェードアウトし、相手があきらめるのを待つ。そのうえ、相手が断った時には不必要に傷つき、断った人の気分を重くする。負のスパイラルだ。
こうした中、日本でも、アサーティブ教育を導入する企業が増えている。
背景には、今、ビジネスの世界で、“掛け算の成果”が求められていることがある。アサーティブなコミュニケーションができると、相手にとって耳の痛いことも言いやすくなり、自分と異なる意見も聞き入れられるようになる。その結果、下の人の意見が吸い上げられたり、違う部署から情報をもらえたり、あるいは、議論を交わす中でより良い答えが生まれたりと、可能性が広がるからだ。
「言いたいことがちゃんと伝わらない」「話を聞いてもらえない」という人には、大きく2つのタイプがある。言いたいことは何でも言い、なんとしてでも自分の意見を通そうとする「アグレッシブ(攻撃的)」な人と、押しが弱く、先述の例のように主張するのも断るのも苦手な「パッシブ(受け身的)」な人だ。
アグレッシブとパッシブは正反対だが、仕事上のコミュニケーションにおけるデメリットは全く同じ。アグレッシブでガンガン言う人に対しては、相手が耳をふさいでしまう。パッシブな人はそもそも自分の意見を言わないし、言う時も遠回りな表現なので伝わらない。
また、アグレッシブにいつも相手をたたきのめしていると、「あの人に言っても聞き入れてくれない」と、有益な情報が上がってこなくなる。パッシブな人も、「あの人に言っても反応がないから」と、情報をもらえない。
多くの日本人は、アグレッシブ過ぎるのは良くないと思っているが、パッシブであることのデメリットを軽視している。パッシブで主張しない人と仕事をしても“、掛け算の成果”は生まれない。
一方、アグレッシブな人は、自分は良かれと思ってやっているので、自身の問題に気づかない。周りが委縮し、“掛け算の成果”が得られていないことが分からないのだ。アサーティブ研修を自由参加の手上げ式で行うと、自己主張が苦手な人ばかり集まり、アグレッシブな人は参加しようともしない。
アグレッシブでもパッシブでもない、“アサーティブ”なコミュニケーションが重要なのだ。
アサーティブ・コミュニケーションによって“本気のWin-Win”を実現する秘訣は、要求のWhatとWhyを分けて考えることである。自分または相手が、何を(=What)何のために(=Why)要求しているかを明確にする。「何のために」という目的が達成されれば、「何を」は重要ではない。
例えば、取引先がある商品の値引きを要求してきた場合。商品の値引きというWhatは受け入れられなくても、その背景にある「コストを削減したい」というWhyを別の方法で満たすことができるかもしれない。
また、「手が足りないので人を雇ってください」と部下に言われた場合、人を雇うことは難しくても、「この作業を効率化しよう」といった形で、相手のWhyを解消できるかもしれない。
お客様に「商品Aがほしい」と言われたのにAが売り切れていた時、「Aは完売しました」で終わらせず、「何にお使いになるご予定ですか?」と相手のWhyを聞き出せば、別の商品が売れるかもしれないのである。
研修では具体的に、次の4点を行っている。
①本気のWin-Win目線による自己アピール
②人にものを頼む
③相手の要求にNoと言う
④ネガティブなフィードバック
どれも大事だが、特に重要なのが①。自分の強みを相手のメリットに絡めてアピールする練習である。
そのためには、自分自身の強み・弱みをリストアップする必要がある。自分に自信がなく、「相手に渡せるものがない」という人もいるが、それは思い込みのせいかもしれない。例えば、異動してきたばかりで経験がなくても、だからこそ先入観なく、顧客目線で考えられる可能性がある。仕事なのだから、相手のWinのために自分に何ができるかをよく考えるべきである。そうでなければ、“本気のWin-Win”の関係は築けない。
アサーティブに自己主張するためのフレームワークも2つ紹介しておこう。
人に物を頼む時に役立つのが、「DESI」というフレームワークだ(図2)。まず、「優先事項はこれですね」などと状況説明をし(Describe)、ボタンの掛け違いをなくす。そして、自分の気持ちを表現する(Express)。マイナスの感情は「(Iアイ)メッセージ」で伝えると良い。「あなたはいつも〇〇だ」ではなく、「私は今の状況をこうしたいと思っている」と私(I)を主語にすれば、けんかにならない。続いて、「いつまでに何をしてほしい」と具体的な提案を示す(Specify)。最後に、相手が得られるメリット・断った場合のデメリットを判断材料として知らせる(Inform)。
部下へのフィードバックでは、「AID」というフレームワークが有効だ(図3)。「3回続けてレポートの提出が遅れたが、何かあった?」と、行動の事実(Action)を挙げ、相手の背景に興味を示す。そして、「あなたが納期を遅らせるとこんなマイナスがある」と影響(Impact)を率直に伝える。そのうえで、その影響を改善・進化(Development)させるために行動をどう変えるか、できれば本人に考えてもらう。
「どうすれば相手を傷つけず、やんわり叱れますか?」と聞かれることが多いが、「AID」を使えば、不必要に傷つけることはない。「やんわり」は無理な話で、ネガティブなことを言われてうれしい人はいない。それをやんわり言おうとするから、「大したことじゃないから気にしないで聞いてほしいんだけど」「私も悪かったんだけど……」などと、却って気にさせる言い方になる。
いつでもできる練習方法もある。普段からできるだけ“自分の気持ちを表現する”こと。例えば「すみません」を自分の気持ちに近い言葉に言い換えてみる。便利な言葉なので皆、いろいろな状況下で「すみません」と言っているが、「ありがとう」「いただきます」「助かりました」「失礼します」「通してください」など、状況に合った表現をする習慣をつける。普段から慣れておかなければ、偉い人の前や緊張感漂う交渉の場面、大勢の人がいる会議などでいきなり話そうとしても、できなくて当たり前だ。
自分で“選択する”という練習も重要である。お昼を食べに行く時、同行者に「お任せします」ではなく、「昨日はトンカツだったから、今日は魚がいい」というように考えて選び提案する。遠慮せず自分の気持ちを伝え、そのうえで相手にも配慮する。
仕事上でも、自分の気持ちを声に出すと良い。仕事で感情を表すのは良くないと考える人もいるが、「つらい」とか「困った」ということも、時には言っていい。気持ちを伝えたうえで、そう思う事情を説明し、より良いWin-Winをめざせばいいのだ。マイナスの感情を押し殺す人は、プラスの感情も言わなくなる。日頃から感謝や共感の言葉を発していれば、異なる意見も言いやすいし、相手も聞きやすい。
アサーティブ教育を組織内で行ううえでは、導入する目的を明確にすることが大切だ。目的によって、どの階層から学ばせるのが効果的かも変わってくる。「はやっているから」という理由で取り入れても、混乱するだけだ。
アサーティブ・コミュニケーションは、自分の意見を通すための小手先のテクニックではないし、習得の難しい特殊技術でもない。「自己主張の苦手な人には難しい」と思うかもしれないが、理路整然と主張するだけがアサーティブではない。例えば、今は言いたくないと思ったら、言わないという選択もある。人それぞれのスタイルで良いのだ。性格を変えさせるのではなく、あくまでもコミュニケーションのスタイル、アプローチの仕方を変えるだけ。“掛け算の成果”を求めるなら、ぜひ取り入れてはどうだろう。