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特集│CASE 2 富士通
全社一律の教育から
“個”にフォーカス
社員一人ひとりの
自律的な学びなくして
ジョブ型は成り立たない

富士通は2020年4月、教育体系を刷新した。
従来は会社から一律の研修を提供していたが、社員一人ひとりの自律的な学び・成長を支援する方向へと転換。
それを実現するプラットフォームとして、社員向けの学びのポータル「FLX(Fujitsu Learning EXperience)」を運用している。
方針転換から約1年たち、自律的な学びはどこまで進んだのか。
総務・人事本部人材開発部人材開発企画室長の伊藤正幸氏に話を伺った。

伊藤正幸氏
富士通 総務・人事本部 人材開発部 人材開発企画室長

富士通株式会社
1935年6月設立。「私たちは、イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていきます」をパーパスとして掲げるテクノロジーをベースとしたグローバルICT(Information andCommunication Technology)企業。2020年4月よりいち早くジョブ型人事制度を導入し、注目を集めた。
資本金:3,246億2,500万円(2020年3月期)
連結売上高:3兆8,578億円(2020年3月期)
従業員数:連結12万9,071名 単体3万2,568名(2020年3月31日現在)

[取材・文]=村上 敬 [写真]=富士通提供

富士通といえば、PC などのハードウエアを思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、売り上げを事業セグメント別に見ると、76% をシステムインテグレーションなどのテクノロジーソリューションが占めている。社員構成も約3万2,600人(単体)のうち約7割がサービス分野であり、人材の質が業績を左右する重要な要素となっている。

人材の強化は長年のテーマであったが、人材育成方針の転換を図る直接の理由にはならない。なぜ同社は新しい人材育成プラットフォームを構築したのか。背景にあるのは、2020年4月から管理職を対象に導入したジョブ型の人事制度だ。伊藤氏はジョブ型について次のように解説する。

「報酬制度が変わるだけと思う人もいますが違います。従来は、人をどう配置するかという人材マネジメントになりがちな傾向にありました。それに対して、ジョブ型はまず職責(ポスト)があり、その職責に求められるスキルや能力をもった人をアサインする。つまり仕事の責任の大きさ・重要性が評価や報酬の基準となるのがジョブ型です」(伊藤氏、以下同)

日本型雇用は個人の能力に合う職務をあてがう「職能主義」と呼ばれるものだ。一方、ジョブ型はポストに合う人を任用する「職務主義」で、賃金はそのポストに紐づき、同じポストであれば賃金は同一となる。昇進も年功序列ではなく、自ら手を挙げる必要がある。

ジョブ型報酬制度は“チャレンジを後押しする”とはいえ、新しい制度を導入するだけでは人材マネジメント全体として機能しない。他にも「事業戦略に基づいた組織デザイン」「事業部門起点の人材リソースマネジメント」といった施策を掲げ、人材マネジメントのフルモデルチェンジを図っている(図1)。

そして、ジョブ型を成功させるために欠かせない施策がもう1つある。「自律的な学び/成長の支援」だ。

「これまではポストが空いても年功的な運用になりやすく、教育も『課長になったのだから、このスキルを身につけなさい』と後から階層別教育をやっていました。

しかし、ジョブ型になれば、そのポストに就く段階で能力はレディー状態になっていなければいけません。ジョブ型は自ら手を挙げてポスティングする制度ですから、会社が押しつける形で教育を提供しても仕方がない。自分でキャリアを描いて、自分で学んでもらう必要があります」目指すジョブに紐づいた

学びのコンテンツをレコメンド

一律の研修を会社主導で提供するのではなく、社員が自分でキャリアをデザインし、必要なものを自分で選んで学べる環境を整える。その考えのもと、富士通が新たにつくったのがオンデマンド型教育のプラットフォーム「FLX(Fujitsu LearningEXperience)」だ(図2)。自分が将来就きたいポストをこのプラットフォームに登録すると、それに基づいておすすめのe ラーニングコンテンツがレコメンドされる。それらを履修して能力開発すれば、いざポストがオープンになったときには準備が整っているというわけだ。

これらコンテンツは、世界最大級のオンライン動画学習プラットフォーム「Udemy」と提携して社員に開放している。自社のオリジナルだけにこだわらなかった理由を伊藤氏はこう解説する。

「Udemyは、学習コンテンツのマーケットプレイスです。世界中から能力の際立った人がその能力をコンテンツ化して販売しています。新しいコンテンツが次々に掲載されますが、市場原理が働くので、質の低いコンテンツは淘汰されていき、ユーザーは評価の高いものだけを利用することが可能です。一方、人材開発部門が内製でコンテンツをつくると、どうしてもお金と時間がかかります。半年かけてコンテンツをつくったら、もう時代遅れになっているという恐れもあります。それならば外部の力を借りて、いいものをスピーディーに提供したほうがいい」

職位や関心領域に関係なく、全社員共通で提供されているコンテンツもある。社内外の有識者が学びや経験について語る「Edge Talk」だ。たとえば、5Gビジネスをリードする責任者、スーパーコンピュータ「富岳」を開発した技術者、アジャイル開発の第一人者、また、ユニークなところでは、健康事業を推進する部署の社員がテレワークにおける腰痛予防のエクササイズを教える動画もある。

「自分のロールモデルが直属の上司だけというのはもったいないでしょう? 富士通のなかには多彩かつ優秀な人材が数多くいます。そうした人たちの思考や発言に触れることで、『自分もこうなりたい』とインスパイアされることを狙っています」

Edge Talkの動画は、月4本程度アップされており、「いいね」を押したり、コメントを書き込むこともできる。他の社員がそれらの反応を参考にして動画を閲覧するなど、学びの輪が広がっていく仕掛けだ。

FLXにはその他、学びのインフォメーションや、最新のホットスキルなどの情報も掲載。富士通が提供するすべての教育研修コンテンツにつながるポータルとなっている。

何を、いつ、どれだけ学んでもいいという自由な世界観

FLXの特徴は、社員が自分の興味のある学びのコンテンツをオンデマンドで受けられるだけでなく、それを自分で管理できることだろう。「アナリティクス」のボタンを押すと自分の学習時間や過去の学習履歴が表示されて、学習プラン策定の参考にできる。

一方、人事側もそれらのデータを把握できるが、学習時間にノルマを設けたり、履歴を評価の対象にすることはない。一般的に研修コンテンツは体系立てて順番に履修したほうが理解は深まるといわれるが、一部だけをつまみ食いして履修してもいい。何を、いつ、どれだけ学ぶかは本人に任せられている。そのため、効果測定は厳密にしていないという。

「目指すポストに手を挙げて面接を受けたとき、学んだことを仕事に活かしていることを証明できなければ、おそらく合格できないでしょう。最終的にそれがチェック機能を果たすと考えています」

自分でキャリアを描いて学べる人にとって、この自由な世界観は理想的だ。ただ、すべての社員が自らキャリアをデザインできるわけではない。目の前の仕事を着実にこなせば昇進できた従来の環境に慣れた社員にとっては、不安もあるかもしれない。

そうした社員に対する手当ても用意されている。実は今回、すべての研修を選択制にしたわけではない。富士通パーソンとして身につけておく必要がある「Fujitsu Way」や、変革のために必要な「カルチャー変革」「DX」は引き続き必須に。さらに従来は中堅以上の社員を対象に行っていた「キャリアオーナーシッププログラム」を若手社員も対象とし、全社員が自らキャリアを描く力そのものを身につけられるよう支援している。現場でのキャリア支援も手厚い。

「FLXのアナリティクス画面には、上司が部下の学習状況を確認できる『マイチーム』機能があります。上司はレポートラインの1つ下にいる部下と定期的に1on1ミーティングを行うことが求められており、アナリティクス画面を見ながら、キャリアや学習についてアドバイスすることができます」

あくまでも「自主・自律」を前提にしているが、社員が自主的自律的に考えるためのサポートも惜しまない―これが富士通の人材育成体系だ(図3)。

ミドル層も積極利用

自主・自律を前提とした富士通の新しい人材育成制度。実際にどれだけの社員が積極的に学んでいるのだろうか。

FLXの企画構成は2019年11月から始まった。「見た目が悪いと利用してもらえない。社内イントラらしくないピカピカしたものを目指していこう、と上司とディスカッションしていました」と伊藤氏が言うように、サイトのデザインはコンシューマー向けサイトと遜色がないスタイリッシュなものにした。

「オープン直後、もっともアクセスが多かったのは、学習の仕方を解説したページです。『自分のスマホで使っていいですか』という問い合わせが多くありました。もっと気楽に好きなように使ってもらっていいのですが、我が社の社員はみんなまじめだとあらためて認識しました(笑)」

現在、アクセス数は月3~4万で推移している。Udemyに登録したユーザーは社員の3分の1で、想定より多かったという。

「ミドル層の反応が良かったですね。積極的に登録するのは主に若手層だと考えていましたが、『あらためて受け直したい』といって登録するミドル層も少なくありません。以前の一律的な研修ではやはり足りないところや過剰なところがあったようです」

コロナ禍で新入社員研修もフルオンラインに

順調に滑り出したように見える新しい人材育成方針だが、20年はコロナ禍という想定外の出来事もあり、舞台裏では混乱も生じていた。

「富士通は海外に拠点があり、20年1月の段階で海外への出張が禁止になりました。それを受けて2月には、研修のフルオンライン化を決定。企画段階では集合教育のコンテンツも用意する予定でしたが、結局集合教育は全面凍結し、急遽、オンラインに置き換えることに。もともとUdemyを全社員に開放するつもりで準備していたので、何とか対応できました」

苦労したのは新入社員研修だ。通常は4月から集合で導入研修を行い、6月まで部門別教育を行った後、7月に現場配属というフローだったが、コロナ禍でフルオンライン化した。

「そもそも自宅にWi-Fi環境がない新入社員もいたので、まずは1,500台のモバイルWi-Fiをかき集めることから始めました。研修内容は、決められた期間に自分のペースで学ぶデジタル学習コンテンツを中心にしました。新入社員に自主・自律を求めるのは酷だという見方もありますが、むしろ自主・自律を身につけてもらう絶好のチャンスだと考えて、大胆に変えました」

ただ、役員からは「リモートやオンデマンドはいいが、デジタルだからこそ温かみをもってやろう」とアドバイスをもらったという。それを受けて、コミュニケーションが生まれる仕掛けも取り入れている。

「約25人のバーチャルクラスをつくり、各クラスにクラスマネジャーを配置しました。バーチャルクラスでは毎日3回のクラス会があり、1on1のミーティングも行っています。また、富士通の先輩から直接話を聞く機会をつくったり、チームやクラスで議論しながら進めるクラスプロジェクトも用意しました」

新入社員研修の集大成といえるのが、「Our Stories」というフォロー研修だ。これは「私たちが富士通に残したもの」という、あえて過去形のテーマを掲げ、そこからバックキャストでストーリーを描くことで、新人同士の絆を醸成するプログラム。5つのフェーズに分かれており、コロナ禍の影響によりフェーズ1では一人ひとりが個で受講。フェーズ2はコロナ対策をしたうえで集まり、チームビルディング。フェーズ3はオンラインに戻ってグループワーク、フェーズ4、フェーズ5でピッチ(ショート)プレゼンを行う。オンラインと集合教育を組み合わせて、チームでコミュニケーションを深めながら課題に取り組んだ。

「集合するなら、集合する意味を明確にして最大の効果が出るようにしたいものです。集まった瞬間から熱量が生まれるように、21年以降はさらに工夫したいと考えています」

視野・視座を広げる機能も追加

コロナ禍もあって手探りで進めた1年だったが、自主・自律型の人材を育成すべく、さらに改善に重ねていく予定だ。

「自律的に学んでいる人を、もう一歩踏み込んで定量的にも定義していきたいですね。たとえば成果を出している社員は月に何時間くらい学んでいるのか。そういったデータを明らかにすれば、社員が学びを自分でデザインするときの参考になるはずです」

また、社員の視野や視座を広げる仕掛けも検討している。ジョブに紐づいた研修は、どうしても専門性の高いものになりがちだ。しかし、専門性の追求だけでは問題を解決できないこともある。

「ヘルスケア事業の営業SEだからといって、ヘルスケアの視点しかもっていないと問題を正しくとらえられないでしょう。ヘルスケアも他のソーシャルイシュー(社会課題)と連鎖していますから、全体を横串で考える視点が必要です。そう考えると、ジョブに直接関連する研修だけでなく、『こんな分野の本も読んでみては』とレコメンドする機能があってもいいと思うのです」

学びを最適化するだけでは、受講者もだんだんと受け身になってしまう。学ぶ意欲をどう刺激していくか。新しい気づきはそのきっかけの1つになりそうだ。

Learning Design 2021年03月刊

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