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特集│OPINION 4浅田 すぐる氏
伝わる「紙1枚」が
高める思考力と信頼
思考を整理し、
考え抜く力を磨いて、
良質なアウトプットを生み出す

情報が整理され要点を押さえた資料づくりは、成果を生み出す仕事に欠かせない。
トヨタ自動車の「紙1枚」文化とよばれる良質なアウトプットのノウハウを、浅田すぐる氏に聞いた。

浅田 すぐる(あさだ すぐる)氏 「1枚」ワークス株式会社 代表取締役

作家・社会人教育の専門家。愛知県名古屋市出身。トヨタ自動車入社後、海外営業部門に従事。
同社の「紙1枚」仕事術を修得・実践。米国勤務などを経験したのち、6年目で同社のグローバル企業ウェブサイト管理業務を担当。
企業サイトランキングで全業界を通じ日本一を獲得する。その後、グロービスへの転職を経て、2012年に独立。
『トヨタで学んだ「紙1枚!」にまとめる技術』(サンマーク出版)等、著書多数。

[取材・文]=菊池壯太 [写真]=浅田 すぐる氏提供

トヨタ自動車の「紙1枚」文化とよばれるその背景

トヨタ自動車(以下、トヨタ)では、社内での打ち合わせや様々な提案の機会にメンバーが共有する資料は、原則として「紙1枚」にまとめるという文化がある。そのルーツは定かではないものの、1960年代から始まった高度経済成長期にあるとされている。国内産業は右肩上がりの成長を続け、働く人々の所得が倍増したこの時代、トヨタの職場も例外なく多忙を極めた。同時に、国際情勢やビジネスを取り巻く環境は大きく流動する時代に突入し、新たな課題が次々と発生する。その対応を余儀なくされるなかで、会議や打ち合わせの機会も激増した。

時間がいくらあっても足りない状況のなか、どうすれば短時間でポイントや要点を絞って、多様な関係者と共有できるのかを模索するうちに、自然発生的に定着していったのが、「紙1枚」なのだという。

サラリーマン時代はトヨタに在籍し、現在は「紙1枚」による思考整理やコミュニケーション手法を社会人教育の世界で提供している浅田すぐる氏は、次のように話す。

「最初は工場の現場で模造紙を使うことが多かったようですが、だんだんホワイトカラーにも降りてきて広がっていったようです。そして、いざ『紙1枚』にまとめることを実践してみると、数々の思いもよらぬ効果が生まれました」(浅田氏、以下同)

言うまでもなく、トヨタは今日では世界有数のグローバル企業に成長している。「紙1枚」によって時短を実現しアウトプット力を高めたことが、その発展の背景にあったといえるかもしれない。

では、私たちのビジネスシーンでアウトプット力を高めるために、「紙1枚」をどう活用すればいいだろうか。浅田氏は、「『紙1枚』は資料作成術ではなく、資料作成をつうじた思考整理法であり、コミュニケーション」だと話す。そして、「紙1枚」にまとめる作業は、①考えるベースとなる情報を書類に「整理する」、②自分なりの「考え」を書類に「まとめる」、③書類の内容を誰かに「伝える」という3つのステップで説明できるという。

「紙1枚」という最小限の資料作成をつうじて行う思考整理とコミュニケーションのノウハウを見ていこう。

ステップ1 考えるベースとなる情報を書類に「整理する」

●「情報不足」であることに気づく

第1ステップは情報のインプットだ。浅田氏によると、アウトプットにおける課題は、ほとんどの場合、インプット段階での情報不足が原因だという。

「考えがまとまらないのは、その人の思考方法や文章技術に問題があるのではなく、情報が足りていないから。そのことにまず気づいてほしいのです。私が指導しているのは、緑ペンで枠を、青ペンでキーワードを書く。そして赤ペンでまとめるという手法です(図1)。枠の設定については後述しますが、なぜ色分けするのかというと、ビジュアルとして情報が整理され、見やすいからです。キーワードを書き出せない人は、青ペンの書き込みが少ないことがひと目でわかります。これは情報不足の人の特徴で、情報の断片であるキーワードと、自分の考えがいっしょくたになっているのです。これらは、書き出すことで初めて気づくことなのです」

まとまりがなく冗長な文章になる原因は、情報過多で思考整理がつかないことにあると思いきや、意外にも情報不足が原因ということだ。

●“現地現物”の情報を取りに行く

では、情報不足を解消するためにはどうすればよいのだろうか。いくつかのことが考えられるが、まずは、単純に情報のインプットを増やすことが大事だ。

「情報不足を解消するための特別な処方箋はありません。強いて挙げるならば、トヨタ用語でいう“現地現物”― 一次情報を集めることをお勧めします。必要な情報をもっていそうな人に話を聞きに行く。会って話すのが難しければ、その人に関する記事や著作を読んでみたりする。自ら情報を取りに行く積極性が大事なのです」

●情報への接し方を見直す

そしてもう1つは、情報への接し方を見直すことだ。昨今は、マスメディア経由だけでなく、常に携帯しているスマートフォン等からも多種多様な情報にアクセスできる。一見すると情報過多だが、情報に「接している」だけで、ほとんど記憶に定着していないのだと浅田氏。

「研修でよく、その日の朝テレビやスマホで見たニュースを思い出して書き出してみようというワークをします。すると、意外と書けないものです。ニュースは間違いなく見ていて、それなりに感じたこともあるはずですが、記憶に残っていない。だから、いざ書き出そうとしてもキーワードが書けないのです」

情報は漫然と「見ている」だけでは、記憶として定着しない。記憶として定着させるためには、記録しながら聞くことだ。当たり前の話に聞こえるかもしれないが、これがなかなかできないのだと浅田氏はいう。

「推奨しているのは、手書きでメモを取ることです。今は、スマホなどのデジタル端末に入力をしたり、音声や動画で記録を取ったりすることもできますが、手を動かして書いた方が体験記憶になりやすい。紙に書くことで脳が働くという科学的な研究結果も出ていますし、何より思考が深まりやすいのです」

インプットの方法そのものは、特別なものがあるわけではない。それよりもまず、「情報不足」であることに気づき、情報を記憶として定着させることが大事なのだ。

ステップ2 自分なりの「考え」を書類に「まとめる」

●枠を作って記入する

インプットされた情報は、頭の中で整理するのではなく、とにかく書き出してみることが大切で、これが情報のインプットに続く思考整理の第2段階といえる。ただし、白紙に好き勝手に書き出すのではなく、一定のルールに則って行うと効果的だ。

「テーマを決めて、白い紙を広げて『さあ書こう』と思ってもなかなか書けないものです。そこで、紙に罫線を引いて枠を作り、その枠を埋めるようにすると書きやすくなります(図2)。枠の数は8フレーム、16フレーム、32フレームなど自由ですが、細かいほど出しやすい。空白があると埋めたくなるという心理的な作用があるからです」

この作業では、無理してすべてのフレームを埋めなくてもいい。行き詰まったら、その作業をいったん止めて別のことをする。そして、しばらくしてもう一度見直してみると「これはまだ書いていなかった」「あれを入れればいい」という情報が出てくるはずだ。

●グループでのブレストにも有効

こうした作業をグループとして行う場合も、方法は基本的に同じだという。

「10人いるならば、まずペアを作ってペア同士で書いたものを見比べてもらう。そして同じようなものがあれば、それは採用します。次に2つのペア同士、4人で突き合せてみると、また共通のものが出てくる。それを何度か繰り返すと、10人のメンバー中で共通して出てくるアイデアが3つほどに絞られていきます。そこからは、どれか1つを選んで決めてもいいですし、さらに話し合ってブラッシュアップしてもいい。出てきたアウトプットの質が高いかどうかは別にして、少なくともみんなで出し合ったという合意形成は取りやすくなります」

●「とにかく集まって考えよう」はNG

ただし、グループでアイデア出しを行う場合、「とにかくみんなで集まって考えよう」というのはNGだ。とりあえず集まって話したことは、その場の思いつきに過ぎない。そうしたアイデアは、練られておらず、採用してもよい成果や展開に結びつきにくい。そうではなく、あらかじめ考えてきたものを持ち寄る形、つまり事前に各人が思考整理をしておくことが必要になる。

トヨタの「紙1枚」がアウトプットとして優れているのは、紙1枚にまとめるという作業をつうじて、作成者の考えや思いが凝縮されているからだ。そうして考え抜いて思考整理されたものを共有しながらの打ち合わせや会議は、短時間で「決める」ことだけに集中できる。

ステップ3 書類の内容を誰かに「伝える」

● What、Why、Howでまとめる

ここまで、思考整理の第1ステップである情報のインプット、第2ステップであるアイデアやキーワードを書き出すことについて述べてきた。しかし「紙1枚」によるアウトプットの良し悪しが決まるのは、相手に伝える際の「説明力」の高さによるのだと浅田氏はいう。

「仕事には必ず相手がいるもので、自己完結では成立しません。相手とは、社内の上司や同僚・部下の場合もあるし、お客様や外部スタッフの場合もある。それぞれの立場から見て受け取りやすいものは『説明力が高い』と言えるでしょう。そして、説明力を高めるために必要なのが、“What、Why、How”の3要素です」

Whatは仕事の内容、Whyはなんのための仕事なのかという根拠や背景、How はどうやって実行するのかという手法を指す。浅田氏は、トヨタ時代に多くの「紙1枚」に接するうちに、成果を上げている人の紙が、この3つの要素で成り立っていることに気づいたという。この3要素に沿って、相手に伝わるよう情報を整理することで「紙1枚」は完成するのだ。

●信頼感なくして、「紙1枚」は成立しない

この「紙1枚」で成果を出していくためには、上述した3つのステップとともに大切な要素がある。それは組織における「信頼感」だ。

たとえば、上司・部下の間に信頼関係がないと、書類を提出しても「こう書いてあるけど、本当か?」「何を根拠に書かれているの?」など、終わりなきツッコミにさらされる。浅田氏自身、トヨタ時代は自分の担当業務についてひたすら考え抜いて、「紙1枚」に凝縮することで「信頼」を獲得したという。

「1つの文章にしても、1つの単語にしても考えに考え抜いて言葉を選びました。そうしたことを半年、1年と続けていくことで、上司からあいつは大丈夫だ、という評価を勝ち得たのです。信頼が得られると、説明の時間もどんどん短くなって、仕事がはかどり、良いアウトプットが出せる。ポジティブなスパイラルになっていくんです」

「紙1枚」を受け取った上司の側は、What、Why、How という3つの要素によって疑問が解消した時点で、「わかった」と受け入れる割り切りが必要だ。つまり、「わかる」の定義をリーダー側と部下側で共通認識としてもっておこうということだ。

「実際の仕事では上司が『わかる』(納得する)ことよりも、その後の実行や成果の方が大事です。上司やリーダーの心得として、『わかる』はそこそこにして、あとは部下に任せるという態度も必要です」

そして部下は、信頼に応えるために、自分の仕事を考え抜く。この信頼感の醸成こそ「紙1枚」がもたらすコミュニケーションへの最大の効果だ。

減りゆく「考え抜く」機会を大切に

オフィスのペーパーレス化の流れは、1990年代後半にパソコンが普及しだしたあたりから徐々に進み、端末の小型化やモバイル通信環境の整備によって本格化し、2015年以降の働き方改革によって拡大した感がある。さらに、コロナ禍の影響によるテレワークの普及でこの流れはますます加速するだろう。日本では、ハンコや紙がなかなかなくならないという議論もあるが、以前と比べて、資料を作成する機会は確実に少なくなっている。この点について、浅田氏はこう指摘した。

「資料作成をつうじて日常的に行っていた思考整理や、自分の担当業務を深く『考え抜く』機会も減っていくことが危惧されるのではないでしょうか。『考える力』を本気で育成していくことが重要です」

「紙1枚」をつうじて、考え抜くことの大切さを再考する機会にしてはいかがだろうか。

Learning Design 2020年11月刊