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07月20日更新

編集部より

新型コロナウイルスは、私たちの働き方、そして企業とオフィスの存在価値を大きく変えています。『人材教育』2017年1月号特集「働き方と人材の未来」では、イトーキ・オフィス総合研究所所長の谷口政秀氏に、2030年ごろのワークスペースや企業の姿についてお聞きしました。もちろん3密を避ける、などの前提は予言されておりませんが、組織体系やオフィス配置、また会議室に閉じこもり画を練り上げるといったやり方は全て変わる、とおっしゃっていて、今読んでも、今後の企業とワークスペースのあり方や価値について考えさせられます。

ワークスペースから見る未来
まだ見ぬ世界を創造する
「働き方3.0」とは

未来に向け、従来とは一線を画した発想を生み出していける環境として、人材や働き方、そして働く場は、どのように進化していくべきなのか。
イノベーションを生み出す機会や空間の研究と実践を進める、イトーキ・オフィス総合研究所所長の谷口政秀氏に聞いた。


谷口政秀(たにぐち まさひで)氏 イトーキ・オフィス総合研究所 所長
1982 年イトーキ入社。マーケティング部門、空間設計部門、商品開発部門、netstyl社起業を経て現職。国内外の先進的な働き方、働く場について、広く調査・研究を進める。現在はイノベーティブな働き方や空間、ソーシャルイノベーションについて、講演、ワークショップなどを通じて啓蒙・普及活動を行う。主な著書に『デザイン思考ファシリテーションガイドブック』(イトーキ・オフィス総合研究所、一般社団法人デザイン思考研究所)がある。

[取材・文]=田邉泰子 [写真]=吉田 庄太郎

楽しく働きビジネスにつなげる

―2030年ほどの未来を考える際、社会はどうなっていくことが予想され、それに伴い日本企業はどのような姿を描くべきでしょうか。

谷口

これからの社会を語るキーワードに、「経験経済」「マーケティング3.0」「シェアリングエコノミー(共有型経済)」などがあります。これらには、「場や経験、共感、共創、協働の機会のデザイン」という共通点があります。つまり企業には、生活者にどのような体験をもたらし、どのような社会を実現させたいのかということを起点に、モノやサービスを編み出すことが求められます。これは現在主流の、高度な“機能”を生活者に届けるという目線でのモノづくりを、はるかに越えたものです。

―そうしたモノやサービスを生むには、企業がどういう場になればいいのでしょう。

谷口

一言でいえば「社会をよくするプラットフォーム」。そのイメージは、現在のたまプラーザ(横浜市)の取り組みに近いものです。たまプラーザは昭和40年(1965年)ごろから都心に勤める人のベッドタウンとして開発が進みました。団地の老朽化などによる町の再開発、そして定年を迎えた多くの住民の“第二の人生”を考える時期に差し掛かり、市と鉄道会社の協力を得ながら、住民主体の町づくりを始めています。

―どのようなものなのですか。

谷口

まず、町の中心にあるカフェに、住民のプロフィールや特技を貼り出します。例えば私なら「アウトドア教室できます」といった具合です。すると「子どもに釣りを教えられなくて困っている」などとお父さんから相談されるんです。そうして希望者が集まったところで、教室を開きます。すると参加した人同士で知り合い、地域とのつながりが生まれます。少額ですが、レッスン料もいただきます。そもそも、自分では大したことないだろうと思っていた能力を周囲に共有できる。そうしたゆるい関係の連鎖で地域経済圏をつくっていこうという試みです。

―面白いですね。ポイントは。

谷口

3つあります。まず、人の多様性です。私のようなアウトドア好きなおじさんもいれば、かつて体操番組に出演していた体育大学出身のママさんインストラクターなど、年齢もキャリアもさまざまな人が集まっています。

2つめは、コミュニティーに拘束力がないことです。普段は皆さん別のところで活動しながら、自分の能力を地域という場に提供しています。

3つめは、趣味や特技の活かし方を、気軽に試行錯誤できる点です。例えば、ご一緒している方の中にアジア地域への旅行と料理が趣味の男性がおり、食堂を開くほどでもないけれど料理の腕を試す場がほしいと考えていました。そこで、エスニック料理が好きな人に向けて料理会を開いたり、私のアウトドア教室でBBQを担当してもらったりと、さまざまな形を試しているんですね。

―場と場がつながっている。

谷口

何より、自分の生活に根ざしたところで自己有用感を得られるとなれば、それは楽しいでしょう。この、“暮らし”と“仕事”と“成長”がひとつなぎになっているというのが実は重要です。

90 年代以降、企業は“利益の最大化”を重視する経営へシフトしていきました。このことで、かつて終身雇用と引き換えに社員たちに提供していた、社宅などの“住む場所”、社員旅行や運動会、たまにお節介な上司が縁談を持ちかけるといった“人としてのつながりの機会”は、コストと見なされるようになります。

するとワーカーも、会社で働くことの価値を、仕事の場、お金を稼ぐ場としてしか見いださなくなる。ましてや今は、低成長の時代です。結果を残せず、成長実感が薄いわけですから、働く“楽しさ”を得られずにいる。現状、日本全体を覆う閉塞感は、従来の働き方が時代にフィットしていないということの現れではないでしょうか。言うなれば、乾いた雑巾を絞りに絞って、やっと滴を落としているような状態です。

しかしこれからは、「楽しく働き、かつビジネスにつなげる」というのがとても大切なキーワードになると思います。楽しいチャレンジの先に、新たな価値創造のヒントが隠れている、というイメージです。

企業はプラットフォームに

―たまプラーザの例は素晴らしいですが、もし企業が実現するとなると、抜本的な改革が必要そうです。

谷口

そうですね。私が考えるこれからのワークスタイルを「働き方3.0」として紹介します(図)。

まず企業は、既に述べた通り、たまプラーザのようにさまざまな人材が集い、共創、協働するプラットフォームになるのではないかと思います。生活者に向けて新たな価値を創造、提案するために、社内に限らず社外からも、もっと広く人を集めてプロジェクトチームをつくるようなイメージです。世代や所属の枠を越えて集まったメンバーは、それぞれ異なる価値観や専門性を持ち、複数のプラットフォームで活躍しています。そして企業は、社員を組織の中に囲い込んだり自社のカラーに染めたりはしません。それぞれの個性を認め、大学、自治体も含めた他のプラットフォームへどんどん“越境”させる。そして、越境先で得られた経験や知見を自社のプロジェクトに持ち込むことで、新たな価値創造につなげていきます。

―仕事の進め方も変わりますね。

谷口

これまで効率的だと思われてきた、縦割り構造の組織体系や指示命令が中心の成果の追求、島型のオフィス配置、また調査などの数字を頼りに、会議室に閉じこもり、企画を練り上げる―といったやり方は全て変わるでしょうね。

特に、内にこもっていては、頭で考える以上の発想は生まれませんから、フィールドワークの重要性がさらに増していくと思います。自席にとどまることなく、どんどん外に出る。そして生活者と同じ体験をすることで、データやネットからは得られない新たな気づきを手にします。そのリアルな体験が、例えば理髪店の「QB ハウス※」のような、常識にとらわれないニーズを引き出します。

※散髪サービスの提供に徹底的に特化した理容店チェーン。“10 分”“1000円”“駅前”という手軽さが人気を博している。創業者の小西國義氏は実際にホテルの理容室で髪を切ってもらっている時のある気づきから、事業を考案した。

プロトタイプを繰り返す

―「働き方3.0」では、フィールドワークで得た気づきや発見を、どのように利用していくのでしょう。

谷口

プロジェクトメンバーそれぞれが生活者になりきる、つまり“他人の靴を履いて”得られた気づきを共有し、それらを材料にアイデアの発散と収束を繰り返していきます。そして、プロトタイプをつくり、どんどん試してみる。最初から完成形を狙わずに何度も試行錯誤して、モノやサービスを形づくっていきます。

―それに合わせて、ワークスペースの在り方も変わるのですね。

谷口

スタンフォード大学の「dスクール」が代表例です。dスクールはアレンジのきく机や椅子、パーテーション、ホワイトボードなどを揃え、目的やテーマに応じて空間を自在に変えられます。さらに、撮影用のスタジオや工具や素材のストックが豊富な工房を併設し、その場でプロトタイプをつくることもできる。気づきを形にするプロセスを意識したつくりになっているのです。

弊社の「イトーキ東京イノベーションセンターSYNQA(シンカ)」もそれをめざしたものですが、当社に限らず、他の企業や自治体でもプラットフォームの議論は盛んになりつつあります。私もいくつかの企業や大学のプロジェクトで、イノベーションを誘発する空間設計に関わっています(写真)。

他人の靴を履ける越境人材を

―働き方が変われば、私たちに求められる能力も変わってきますね。

谷口

確かに、その側面はあります。生産性、合理性をよしとしたこれまでの環境では、指示を正しく理解し、効率的に処理する力が問われていました。一言で表すなら、“読み書きそろばん”です。19 世紀の産業革命以降、人間はこの力を伸ばすことに注力してきたといえます。ただ、処理力だけを問う業務は、今後AIなどに取って代わられます。人はもっと違う場面で力を発揮するべきです。

―フィールドワークやプロトタイプ制作を重ねながら完成に近づけていくプロセスは、谷口さんが研究されている「デザイン思考」の領域です。それには特殊な能力が必要な気がするのですが。

谷口

「デザイン思考」というと、何か最先端な感じがしますが、実はそうでもないと私は思っています。

狩猟民族の暮らしを思い起こしてみてください。彼らの暮らしは、まさに「デザイン思考」を実践しているのです。彼らは日中狩りに出て、その日の獲物や収穫した木の実などで食事をとり、その日の狩りについて話し合い、記録を残します。洞窟などに残された壁画がその証拠です。そして槍や罠に改良を加え、次の狩りに備えます。道具のアレンジは、プロトタイプ制作そのものです。

しかし、当然ですが彼らは特別な教育を受けていたわけではありません。現実から課題を抽出し、アイデアを形にするクリエイティブな能力は、人間に本来備わっていると考えることができます。ただ学校教育をはじめ、この力を発揮する機会や力を引き出す訓練がほとんどないだけなのです。

―企業や組織で人材開発を担当する人は、未来に向けて、どのような学びを設計すべきでしょうか。

谷口

ひとつは、“アンラーニング(学びほぐし)”を促すことでしょう。今まで学んできたものをいったんリセットし、再構築する機会を設ける。そして、本来持っているクリエイティブ力を開花させるため、実践を繰り返しトレーニングさせるような機会を設けることです。

そしてもう1つ、忘れてはならないのは、企業が自社の存在意義を再考することです。利益追求を離れ、人々の暮らしや社会に影響を与えるものを編み出すわけですから、価値観の見直しが必要になります。価値観とは、一連の企業活動のOSに当たるもの。「人はなぜ生きているのか」といった、OSのさらに上位にある哲学にも触れながら、働くことの意義を深めていくことが大切です。

―最後に、未来に必要とされる人材を、一言でお願いします。

谷口

「他人の靴を履ける(共感できる)越境人材」でしょうか。生活者に共感すると同時に、さまざまな気づきを得て、新たな発想や価値を提供できる人です。その時に得た経験を、また別の場所で活かし“旅するように働ける”人をいかに増やしていくかが鍵といえます。また、そうした人材を活かせる環境が、“プラットフォーム”としての企業の存在です。

この2つの軸が、今後の日本を支えていくと思います。

月刊 人材教育 2017年01月号