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特集│OPINION 1
差別をなくし
公平性を高めるだけでは、
イノベーションは生まれない
5つのステージで考える
ダイバーシティを
経営に活かすポイント

「ダイバーシティ」という言葉が世の中に定着して久しい。
しかし、ダイバーシティ研究の第一人者であり、経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選プライム」の運営委員も務める谷口真美教授は、「多くの日本企業は、ダイバーシティのベネフィット(便益、恩恵)を活かしていない」と語る。
変革の時代を乗り切る“ 本当のダイバーシティ・マネジメント” とは―。

谷口真美(たにぐち まみ)氏 
早稲田大学商学学術院 早稲田大学大学院商学研究科 教授
1996年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(経営学)取得。
広島経済大学経済学部経営学科専任講師、同助教授、広島大学大学院社会科学研究科マネジメント専攻助教授、早稲田大学大学院商学研究科准教授を経て、2008年4月より現職。
2013年8月より2015年3月まで、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院研究員。
著書に『ダイバシティ・マネジメント-多様性をいかす組織』(白桃書房)など。

[取材・文]=崎原 誠

「表層」と「深層」2つのダイバーシティとは

ダイバーシティには、2つのタイプがある。1つは「表層のダイバーシティ」。性別、人種、年齢、肌の色といった、外観で判断しやすく、本人の意思で変えることのできない属性だ。

もう1つは、「深層のダイバーシティ」。職歴、スキル、パーソナリティ、考え方、仕事観、文化的背景など、外観から認識できないような個性やアイデンティティの違いである。

表層のダイバーシティの特定の属性が同じであっても、深層のダイバーシティは人によって異なる。たとえば同じ女性でも、どんな経験を積んできたか、どんなことを学習したか、どんなバックグラウンドがあり、どんな視点をもっているかといったことは、その人その人によって違う。

表層と深層では、企業の取り組み方法がそもそも異なる。表層の属性に対する取り組みは、その属性によって不利な状況に置かれているマイノリティに対して、差別・区別をなくし活躍を支援する。深層の属性に対する取り組みは、違いからベネフィットを得るための仕掛けをつくることだ。

日本では、2000年代まで、ダイバーシティといえば表層、特に女性活躍支援ととらえられていた。しかし、リーマンショック後、欧米を中心とするグローバル企業が選択と集中を進め事業売却を行い、その主な買い手であった日本企業が、クロスボーダーのM&A を盛んに行った。事業のグローバル化にともない、人種・国籍のダイバーシティに取り組む企業が増えた。

さらに近年は、障害者、LGBTはもちろん、経歴、中途採用、年齢、もっているスキルなど、表層・深層にわたって多様な属性を活かそうという考え方が広まってきた。デジタルトランスフォーメーションといったITの浸透が人々の生活を変え、パラダイムシフトが起きているなか、「多様な人材を活用しなければ生き残れない」という危機感をもつ企業が増えてきたことが背景にある。

深層のダイバーシティがイノベーションを生む

ではなぜ、表層だけでなく、深層のダイバーシティを活かすべきなのか。

表層のダイバーシティは、多くの場合、生まれもった属性であることから、大半の国がその属性で差別することを禁止している。これは倫理目的のダイバーシティ、つまり、組織のメンバーを多様化すること自体を目的とする「ダイバーシティのためのダイバーシティ」といえる。

一方、企業が深層のダイバーシティを進めるのは、ダイバーシティを実現すること自体が目的ではなく、ダイバーシティのプラスの面を経営に活かすことを狙っているためだ。

多様化を進めると、①ミスコミュニケーション(コミュニケーションがうまくとれない)、② コンフリクト(なかでも属性同士の価値観などの対立といった解消し得ないもの)、③まとまりがつかない(団結力がなくなる)、といったマイナス面が出てくる。このうちの①や② を減らすための取り組みの一部として、各社は差別をなくし、公平性を担保する取り組みを行っている。

しかし、それだけでは、公平性が保てるというだけで、ダイバーシティのベネフィットを活用できていることにはならない。ダイバーシティのベネフィットとは、多様な人材のもつ経験や視点、考え方がシナジーを起こし、今までにないイノベーションを生み出すこと。そのためには、深層のダイバーシティを活かす必要があり、それができてはじめて、企業経営に貢献する 「ダイバーシティ・マネジメント」といえる。

企業の人事は、表層の属性に応じた採用割合、管理職比率、年齢構成、定着率などの指標を用いて、自社のダイバーシティの推進度を見ている。しかしこれらは、表層のダイバーシティの区分である。つまり、人事は、表層のダイバーシティしか見ていないのだ。言い換えれば、深層のダイバーシティをどこまで掌握できるかは、人事にとっての課題でもある。

深層まで見るには、現場目線が重要だ。現場の管理職やリーダーが、一人ひとりの価値観や考え方、スキルなどを見て、それを業務に活かせるようにする必要がある。

「多様性尊重」のステージにとどまる日本企業

企業におけるダイバーシティの取り組み姿勢は、「抵抗」「同化」「多様性尊重」「分離」「統合」の5つのステージに区分できる(図1)。

❶「抵抗」とは、多様性の存在を認めず、何にも取り組まないステージ。女性活躍推進法、障害者雇用促進法をはじめとする法的な規制がある今の日本で、このステージにとどまっている上場企業はほとんどない。

❷「同化」は、簡単にいうと、「国に言われたからやる」というステージ。対外的に「きちんとやっていますよ」と示すために、形式的には多様性を取り入れるが、中核的な仕事のしくみを変えない。「女性を30%採用する」「管理職比率を20%に引き上げる」といった目標も、数合わせのためだけにやっている面があるので、マイノリティが組織にとどまるためには、その組織に染まらなければならない。

❸「多様性尊重」は、違いの存在を認め、受容しようというステージ。ここでのゴールは、個々のメンバーのモチベーションやエンゲージメントを高めることだ 。福利厚生やワーク・ライフ・バランスの制度を整備し、多様な属性、多様な価値観、多様な働き方の人が組織にいられるようにする。そうすることで、従業員満足度が上がり、定着率が向上し、多様なメンバーが個々に全力を出し切ることができるようになる。しかし、各人が各々の持ち場で頑張るだけで、多様な人同士のシナジーは生まれない。

これらに対して、ダイバーシティをイノベーションにつなげビジネスに活かそうとするのが、「分離」や「統合」のステージである。

❹「分離」では、違いをビジネスに活かすため、マイノリティをマジョリティと分けて活用する。たとえば、新しい市場にアプローチするために、ITや特定の言語に長けた人材を集め、その人たちだけを別個にマネジメントする。1カ所にまとめてしまえば、そこではコンフリクト(対立)は生じない。いわば「他種を除去した純粋培養」のイメージだ。しかし、「分離」は、プロジェクトや事業単位で進むことが多く、プロジェクトの終了とともに終わるか、別の文化ができてしまい、再び本体に統合できないことが多い。異質な人を固めて同質グループ化しているだけで、多様性を全社的に活かしているとはいえない。

❺一方、「統合」は、マイノリティをイノベーションの促進剤として活かすために、中核的な仕事のしくみ自体を変革するステージ。組織に多様な人材が混在し、シナジーを起こしている状態である。

日本企業の多くは、「多様性尊重」のステージにある。今、多くの日本企業が取り組んでいるのは、差別をなくしマイノリティに優しい制度を整えることであり、皆のモチベーションを上げることが目的になっている。

でもそれは、本当のダイバーシティ・マネジメントではない。なぜなら、多様な人材同士のシナジーがないからだ。A さん、B さん、C さんが、それぞれ1の力をもっていたとしよう。今までは、マイノリティのCさんは0.1の力しか発揮できず、1+1+0.1=2.1だった。それを1+1+1=3に引き上げようというのが、この段階の取り組みである。多様な人同士がシナジーを起こしてイノベーションが生まれれば、1+1+1が5にも10にもなるのに。

日本企業が「統合」のステージに進めない理由

ダイバーシティによるベネフィットを活かせば、様々な経営課題を解決できる。一番大きいのが、ビジネスモデルの変革だ。これからの時代、従来型のビジネスモデルのままでは縮小傾向に陥る。市場を大きく転換するためには、過去の延長ではなく、多様な考え方、価値観を取り込み、パラダイムシフトを起こすことが求められる。

ダイバーシティを経営に活かした実例としては、「新・ダイバーシティ経営企業100選」の選出企業が参考になる。「新・ダイバーシティ経営企業100選」では、①プロダクトイノベーション、② プロセスイノベーション、③社内の効果、④外的評価の4つの軸でダイバーシティによる経営成果を見る。なかでも、「100選プライム」(「ダイバーシティ経営100選」をさらに定着度に注目して深化させたもの)に選出された企業は、「ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン」に基づき中長期的な視点でダイバーシティ経営を推進している。2018年度に選定された丸井グループなどは、経営トップのリーダーシップの下、ダイバーシティをテコに社員の意識を変え、ビジネスモデルを転換した好事例である。

他の日本企業が「統合」のステージに進めない理由の1つは、ダイバーシティが経営課題解決のツールとなることを経営者が理解していないことだ。経営課題解決のツールと思っていないから、社員のモチベーション向上のための活用にとどまるか、経営に活かすにしても、一時的かつ周辺的な取り組みで終わってしまう。経営者が経営課題解決のためのツールだと思わないと、ダイバーシティ経営に魂が入らず、形だけ取り入れて取り組みを“チェックリスト化”しがちだ。女性の活躍のためにメンタリングの制度を設け、管理職や女性社員に研修をし、時短や在宅勤務の制度を入れ……とリスト化し、経営成果に結びついていなくても、「全部やりました」と満足してしまう。

さらに、結果を測定しないことも問題だ。目に見える成果があると、従業員は納得する。「ダイバーシティを進めたことでこんなビジネスができた」「マイノリティの人たちと共働してこんな活躍をした」「対外的にこんなに評価されている」といった成果を経営層や人事が測定して従業員に示す必要がある。

また、繰り返しになるが、ダイバーシティのマイナス面を減らす取り組みのみにとどまるのではなく、ダイバーシティのベネフィットを活かすことも意識してほしい。差別をなくし公平性を担保する取り組みをしてダイバーシティのマイナス面を抑えることで満足するのではなく、いろいろな組織に多様な人材を配置して交流を促したり、管理職が多様なメンバーを率いてアウトプットを出せるようトレーニングしたりすることが重要だろう。

ダイバーシティを活かすリーダーシップ教育が重要

日本企業が「統合」のステージに進めない理由として、経営者の理解不足や施策のチェックリスト化、結果測定の欠如を挙げたが、もう1つ大事なのは、 「多様性を活かすことができた」という実感をリーダーたちにもたせることである。「多様性を活かすとはこういうことだ」とわかると、リーダーは成長し、後進のロールモデルになる。そうした良い循環ができると、継続的にダイバーシティのベネフィットを享受できるようになる。

何か取り組みを始めても、社員が「経営層や人事がわかったようなことを言っている」ととらえてしまうと、その取り組みは浸透しないし、結果にも結びつかない。結果に結びつけるのは現場の人たちなのだから、現場の一人ひとりが自分ごとととらえ、「ああそうか」と内面化しなければ、実効性のある行動に表出しない。

その前提として多様性を受け入れるだけでなく、多様性を活かすリーダーを育成する必要がある。ところが、多くの企業は、そのための教育に目を向けていない。

ダイバーシティを活かすリーダーに求められる能力は、大きく3つある(図2)。1つは、外界のビジネスで何が起きているかを見抜く力、複雑性のマネジメント(ComplexityIntelligence)である。2 つめは、人と相対する能力(EmotionalIntelligence)。一人ひとりと相対し、相手を理解し、コミュニケーションをとって関係を築く力、いわゆるEQである。3つめは、ダイバーシティを活かす能力(Diversity Intelligence)。多様な人たちのモチベーションを上げ、コンフリクトをマネジメントしてコラボレーションを促進し、職場のパフォーマンスを上げる力だ。 部下のモチベーションを上げるだけでは、経営成果につながらない。ダイバーシティを活かすには、ビジネスで何が起きているかを把握し、それと目の前のメンバーを結びつける必要がある。この考え方に基づいて、2006年にアセスメントツールを制作※し、グローバル企業の経営幹部をはじめとするリーダー開発で活用している。

研修でお勧めなのは、自己認識を促すアセスメントだけでなく、コンフリクトマネジメントだ。ディスカッションやファシリテーションをしながら多様な意見の対立を通じて、それらをまとめ、まったく新しいイノベーティブな結果を導くリーダーシップを育む。日本人は、集団凝集性(団結力)を強めるようなマネジメントは得意だが、コンフリクトを避けてしまうのが弱点であり、コンフリクトをマネジメントするリーダーシップが弱い。異業種交流会のように、皆の意見を聞いて、結論がないまま「勉強になったね」で終わるのではなく、多国籍プロジェクトを率いて主張の対立をマネジメントして、期限内に(たとえば3カ月)で結果を出すなど、アウトプットを求めること。それがビジネスに直結していると、より効果がある。
※ リクルートマネジメントソリューションズ社と共同で制作

ダイバーシティの力を経営課題解決に活かそう

すべての企業が「統合」のステージを目指さなければならないわけではない。その会社のゴールが「多様性尊重」でよければ、それで構わない。皆がモチベーションをもてる組織にするのも、それはそれで素晴らしい。「分離」の段階にとどまるのも、会社全体を変革することは必要ないというのなら、それでいい。分離した事業をたくさんもっていた方が、最適なポートフォリオになるというとらえ方もできる。

ただ、「分離」や「統合」の段階に進むチャンスがあるのに「多様性尊重」の取り組みしか行っていなかったり、ダイバーシティのベネフィットを活かせるのに活かしていないとしたら、もったいない。ダイバーシティが経営課題解決のツールだと経営者が理解し、その意思が社員まで伝わっている企業は強いのだ。

Learning Design 2020年05月刊