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特集│CASE 1 SCSK
2019年から健康経営の
「第2ステージ」へ
「社員のため」の
ブレない健康経営が
信頼関係と健康意識を育む

2013年に本格的に働き方改革をスタートさせ、それと連動して社員の健康に関する取り組みも着実に進めてきたSCSK。
改革実現の鍵となったのは、「変えなければいけない」という会社の本気度と「社員を大切にする」というブレない姿勢だった。同社の歩みについて話を聞いた。

中藤崇芳氏
SCSK 人事グループ ライフサポート推進部長

SCSK 株式会社
1969年設立。2011年10月、住商情報システムとCSKが経営統合しSCSKに商号変更。
コンサルティングから、システム開発、ITインフラ構築、ITマネジメント、BPO、ITハード・ソフト販売まで、各事業が連携し幅広いITサービスを提供。
「夢ある未来を、共に創る」を経営理念に掲げ、社員を大切にする改革も進める。
資本金:211億5,200万円
連結売上高:3,586億5,400万円(2019年3月期)
連結従業員数:1万2,365名(2019年3月31日現在)

[取材・文]=平林謙治

IT業界は“不健康”が常識!?

9,590歩――まず、この数字を特筆したい。SCSKの社員1人あたりの1日の平均歩数である(2018年度実績)。距離にして約6㎞。年間で2,000㎞以上にも達し、ざっと東京から沖縄まで歩いた計算になる。

国が進める国民の健康づくり運動「健康日本21」では、平均歩数の目標値を成人男性で1日9,000歩、女性で8,500歩と掲げているが、同社社員の“健脚”はすでにそれを上回っている。なぜそんなに歩くのか。秘訣の一端を、人事グループライフサポート推進部長の中藤崇芳氏が明かしてくれた。

「弊社では健康経営の一環として2015年から『健康わくわくマイレージ』という施策を推進しています。社員がこれに参加すると、健康に良い5つの行動習慣の実践状況や健康診断の結果などがポイント化され、年間の総獲得ポイントに応じてインセンティブが支給されるのです。5つの習慣の1つにウォーキングがあり、参加者は専用アプリに毎日の歩数を入力します。参加率は社員の99%。『○○まで歩くと1,000歩稼げる』なんて話で職場が盛り上がるのは、弊社ぐらいかもしれません(笑)」

そもそもIT 業界の体質はおよそ“健康的”とは言いがたい。特に同社のようなシステムインテグレーター(SI)企業は、男性も女性も残業や休日出勤が多いケースが少なくないからだ。SCSK は2011年に住商情報システムとCSKの経営統合を経て発足したが、実は「弊社も以前はご多分にもれず、不健康だった」と中藤氏は振り返る。

「IT ビジネスには高い業務品質と多様な能力発揮、創造性が必要で、その大前提は社員の健康であるはずなのに、実際は長時間労働が常態化していました。24時間365日稼働するシステムが相手なので、みんな、それが当たり前だと思っていたんですね。『夜遅くまでいる社員』や『休まない社員』が『良い社員』だという風潮も根深いため、なおさら帰りづらいし、休みづらい。また、優秀な技術者ほど独りで仕事を抱え込んでしまうので、ジョブローテーションも難しい状態でした」(中藤氏、以下同)

こんな労務環境ではいけない。そんな危機感を抱いたのは、親会社(住友商事)から着任してきた当時の経営トップだった。抜本的な取り組みが不可欠と一念発起し、経営統合直後から「仕事の質を高める働き方改革」の推進を重点経営施策として打ち出したのだ。

削減した残業代を社員に還元

ところが現場は現場で、こうした経営の改革姿勢に、当初は疑いの目を向けていたという。過去にも残業削減の呼びかけは何度かあったが、繁忙期や急な依頼が入る度にそれどころではなくなり、結局、現場が“泣かされて”きたからだ。「所詮、社員より数字が大事なんだろう」。社内にはそんな不信感もくすぶっていたと、中藤氏は語る。

まずはトライアルとして、残業の多い部署を選び、期間限定で「残業半減運動」を試してみたが、案の定、一時的には残業が減り、有休取得が増えるものの、年度末になると元の木阿弥に。改善は定着しなかった。「残業を減らすと収入が減り、生活に響く」という社員自身の懸念も、改革のネックになっていたのだ。

そこで経営トップは腹をくくった。「削減できた残業代はすべて社員に還元する」――。浮いた額を“社員の健康の原資”として、全額インセンティブの形で返金することを決めたのである。

「役員からは『残業が減ると業績に影響が出るのでは』との声が上がりましたが、トップは一時的なマイナスも覚悟し、『業績より社員の健康が大事。健康で働ければ仕事の質も高まる』と明言したのです。残業代を還元するという決断が、『社員のための働き方改革』にかける会社の“本気度”を示し、突破口を開いたことは間違いありません」

こうして2013年4月にスタートしたのが、「スマートワーク・チャレンジ20」。全社・全部署に展開するSCSK独自の取り組みである。数字の「20」は、「月間平均残業時間20時間以内」「有給休暇取得日数20日」の目標を示す。当時の同社の実態からすると極めて高いハードルだったが、これを達成するために、働き方や業務の流れを改善する様々なアイデアが施策として盛り込まれた(図1)。

最大の特徴は、目標をクリアした部門の社員全員に、インセンティブとして特別賞与を支給することだ。これが、先述の「削減できた残業代は社員に還元する」というトップの志を具現化した施策である。いくら個人で残業時間を削減しても、自部門の平均値が至らなければ、ボーナスの支給対象にならない。逆に、自分や自分の部・課だけが達成できないと、部門全体の足を引っ張りかねない。組織を挙げた取り組みと各部門長のマネジメント能力を引き出す仕掛けとして、効果を発揮した。

さらに、SI 企業が働き方改革を推進するにあたっては、社内だけでなく社外、つまり顧客や取引先の理解が欠かせない。客先に常駐し、開発や保守運用を担当する技術者も少なくないからだ。SCSKでは、トップが自らお願いの手紙を書き、各役員が直接持参して、有休取得や過重労働抑制に協力を仰いできた。そうした働きかけによって、いまでは取引先企業にも働き方改革や健康経営への共感が広がりつつあるという。

健康経営を就業規則に明文化

月間の残業時間は、スマートワーク・チャレンジ20の導入2年目に18時間と目標の20時間を切り、以後、その水準を維持している。有休も20日近く取れるようになり、取得率ではほぼ100%まで向上した。その間、心配された業績の落ち込みもない。むしろ、働き方改革が社員の健康を回復し、結果として事業の成長にもつながったのでないかと、中藤氏は評価する。

「ポイントはやはり、経営トップの強力な旗振りでしょう。役員会では繰り返し改革の必要性が語られ、進捗のおもわしくない部門の責任者には叱咤激励が飛ぶことも珍しくありませんでした。そうしたやり取りはすべてイントラネットで開示され、全社員に共有されます。トップの本気を目の当たりにできたことも、それが組織に広く深く浸透していった理由の1つなのです」

2015年度からは、働き方改革と並行して、社員の健康づくりに直結する「健康経営」の本格化にも取り組み始めた。その際、同社では就業規則に新しく健康経営に関する章を設け、その理念を明記した(図2)。

就業規則には「理念」に続いて、会社と従業員それぞれの「責務」も記されている。他社にはあまり例がなく、「SCSK の健康経営の一番の強みです」と、中藤氏は話す。

「規則に明記されている以上、会社は社員の健康を第一に考えて、責務を果たさなければなりません。弊社の健康経営には、その意味で永続性が担保されているわけです。我々が新しい施策や制度を導入する際にも、就業規則という明確な根拠があるので、進めやすいんですよ」

習慣を変える、意識を変える

同社は様々な健康増進施策を展開しているが、なかでも象徴的な取り組みとして位置づけられているのが、冒頭で紹介した「健康わくわくマイレージ」(次ページ図3)である。先述のように、獲得ポイント数に応じたインセンティブを支給して、参加者のモチベーションに訴える。健康にいい行動習慣を定着させて、健診の結果を改善するのが目的だ。

はたして成果はどうか。主な行動習慣の変化を個別に見ると、ウォーキングの実施率は14年の34% から19年は74% と大きく伸びた。朝食摂取率は71% から85%、歯科検診受診率が31%から80%、喫煙率は36%から16%と、それぞれ改善が見られる。

さらに大きいのが「健康に対する意識」の変化だ。マイレージを導入する前と後では、「意識の高い人」は19%から55%へ大幅に増加し、「意識の低い人」は20% から4%へ激減した。

「健康わくわくマイレージは、集団全体の健康リスクに対処するポピュレーションアプローチでした。誰も脱落せず、参加者全員が成果を実感できるよう徹底して継続してきた結果、会社との信頼関係も高まり、社員の健康に対する意識は大きく変わっていったのでしょう。健康経営の第1ステージとしてはこれでよかったと思っていますが、一方で、従来から顕在化している特定のハイリスク、たとえば『メタボ』や『喫煙率の下げ止まり』といった課題への対応は、まだまだ十分ではありません」

そこで2019年からは「健康経営第2ステージ」と位置づけ、従来のポピュレーションアプローチにハイリスクアプローチも交えた、新たな取り組みをスタートさせた。メタボ対象者を支援する「腹スマチャレンジ」や、卒煙を希望する社員を支援し、結果目標として喫煙率10% 未満を目指す「卒煙チャレンジ」などの施策は、社内で大きな関心を呼んでいる。

また、食事・睡眠・運動のリテラシーを学ぶ「健康セミナー」は、任意受講にもかかわらず、案内開始から1週間で約1,000名のエントリーが殺到する盛況ぶり。役員のエントリーも多く、初日にはトップ自ら参加したという。

健康経営の推進は誰のためか

「健康わくわくマイレージ」をはじめ、全社一丸で健康経営に取り組む姿勢と実績が高く評価され、SCSKは、経済産業省と東京証券取引所が選ぶ「健康経営銘柄」に、2015年から5年連続で認定されている。

過重労働や不健康な生活が当たり前といわれたIT 業界では異例の快挙だが、中藤氏はこうした外部の格付けを利用して、会社のイメージアップを図ることについては慎重な姿勢を崩さない。

「それをやったら、会社のための、ビジネスのための健康経営になってしまいます。私が担い手として肝に銘じているのは、働き方改革であれ、健康経営であれ、『それは誰のためなのか』というベースが絶対にブレてはいけない、ということ。弊社の就業規則は『社員の健康こそがすべての礎』と明記しています。だとすれば、あらゆる健康経営の取り組みは、他の誰でもない、社員のためのものであるべきでしょう。私は、働き方改革や健康づくりの推進を通じて、『会社は社員を大切にしている』との思いを伝えたい。そして、社員と会社との絆をもっと深めたい。それこそが、改革を実現する意義だと思っているのです」

働き方改革に始まり、健康経営の第1ステージから第2ステージへ。振り返ると、SCSK の挑戦には、最初から明確なビジョンやマスタープランがあったわけではない。迷いながら、トライ&エラーを繰り返しながら、「そのときどきで必要だと思うことに対応してきたというのが正直なところ」と、中藤氏は笑う。人に、現場に、ひたすら寄り添ってきたからこその実感だろう。

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