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特集2│OPINION1
鍵はタスク・人間関係・
認知の工夫
ジョブ・クラフティングで
ストレス低減・生産性向上を!

組織行動論の研究者らが提唱した「ジョブ・クラフティング」は、産業心理分野でも今、注目を集めている。
具体的には何を指すもので、どんな効果があるのか。
公衆衛生学の観点から研究や研修を行う櫻谷あすか氏に聞いた。

櫻谷 あすか(さくらや あすか)氏 
東京女子医科大学 医学部 衛生学公衆衛生学講座 助教

東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修了、および同研究科健康科学・看護学専攻博士課程修了を経て、現職。
公衆衛生学修士、博士号(保健学)を取得。
2014年から主に職場のメンタルヘルスについて研究。主な著書(共著)に『産業保健スタッフのためのセルフケア支援マニュアル』(誠信書房、島津明人・種市康太郎 編)。

[取材・文]=佐藤鼓子

やりがいアップやストレス減に効果

最近よく聞かれるようになってきた「ジョブ・クラフティング」とは何だろう。労働者の心の健康について、産業保健分野の介入研究や企業向け研修を行う櫻谷あすか氏は、「自らやりがいをもって働けるように、働き方を工夫すること」と定義する。

「“仕事に関する工夫”は、ビジネス本などでも多く紹介されていますし、そうした知識をもつ方も最近は多くいらっしゃいます。ただ、自身のやりがいにつながるような工夫(ジョブ・クラフティング)を実践するには、自らの働き方を見直し、日常であらためて意識することが重要になります」(櫻谷氏、以下同)

ジョブ・クラフティングは、米国の研究者エイミー・レズネスキーとジェーン・E・ダットン(組織行動論)により提唱された概念だが、近年、産業心理でも重要だといわれるようになってきたという。

2000年代前半ごろまで、メンタルヘルスの取り組みの多くは、うつ病などのメンタル不全の抑制や、罹患した社員の職場復帰など、不調の低減に焦点が当たりやすかった。しかし、ネガティブな要因を低減する一方で、予防の観点から「ポジティブメンタルヘルス」の重要性が近年、あらためて注目されるようになった。

そこで櫻谷氏は、労働者を対象としたプログラム開発をつうじてジョブ・クラフティングの効果を検証し、研修マニュアルを慶應義塾大学総合政策学部の島津明人教授と2019年3月に作成したという。

「これまでの研究で、ジョブ・クラフティングを自ら積極的にしている人の方が、仕事にやりがいを感じて能動的な働き方ができていたり、心理的なストレスが低く、健康や仕事のパフォーマンスにも良い影響があったりすることが報告されています。働く人の心身の健康とパフォーマンス向上の両面のために、ジョブ・クラフティングは効果的な可能性があるのです」

「自らやりがいをもって働けるように、働き方を工夫すること」――この「工夫」は、
①タスク(仕事のやり方の工夫)、
②人間関係(周りの人への工夫)
③認知(考え方の工夫)
の3つの視点で分類できると櫻谷氏は解説する(図1)。

❶タスク:仕事のやり方の工夫作業の仕方の工夫でやりがいや自信、創造性の向上へ

第1は、作業に対し工夫を加え、より仕事の中身を充実させたり、自身の働きやすさを向上させることである。

たとえば、スケジュール管理やToDoリストの作成を工夫して働きやすさを高めたり、短期と中長期の2段階の目標立案をすることで仕事に向かいやすくする、などが例として含まれる。仕事に集中しやすくなる、仕事の進捗を把握しやすい、自信になるといった効果が期待される。

フレックスタイム制度を利用して、朝に自分がやりたい仕事をする時間を確保する、という例のように、仕事への思い入れや創造性を生む取り組みも有効だ。能動的に仕事と向き合う機会を増やすことで、より前向きな働き方ができる。

「タスクの工夫についてご説明すると『もうすでにやっている』という声が挙がることもありますが、ただ効率的にタスクをこなすのではなく、より自分がやりがいを感じる工夫をしているかという観点で見直すと、新たな工夫のアイデアが出てきます」

また、工夫をする目的は、自身のやりがいや大切にしたい価値観と結びつけて考える。「上司に怒られないように」「会社から言われた目標を達成するために」などの外的な要因ではなく、個人の内的なモチベーションが重要になるのだ。

「『自分がどのように働くとワクワクするか』など、自分なりの理想像に主眼を置いた工夫を考え実践することがジョブ・クラフティングです。単純なタスク管理ではなく、やりがいを感じるために、普段の作業の仕方にどんな工夫を加えるとよいかを考えることがポイントになります」

❷人間関係:周りの人への工夫周囲とのかかわり方を調整して、より楽しく、働きやすく

第2の工夫は、人とのかかわり方の調整についてだ。

「多くの職場では、周囲との連携や協力が求められますが、そうした周りの人とのかかわり方を工夫することでサポートを得たり、自身の仕事のやりがいや楽しさを高めることがポイントです。たとえば上司へ積極的に話しかけ、自らフィードバックをもらって自信につなげる。または、後輩とコミュニケーションをこまめにとることで、一人ひとりの強みや忙しさを把握し、より仕事の分担をスムーズにする、といった例が挙げられます」

職場を超えて、同僚や社外の人との接触を増やすことで、仕事に関する情報を集めたり、新たなチャンスの機会を増やす工夫もできる。また、仕事でかかわる顧客や患者と積極的に交わることで、自身のモチベーション向上につなげている、という例もある。「サポート集め上手になる」ということである。

❸認知:考え方の工夫仕事の意義や目的を再認識しやる気や自信の向上へ

第3の工夫は、仕事の意義を整理し、業務の目的や貢献の意味をとらえ直すことで、仕事のモチベーションを高める工夫である。実践するためのポイントは、日々の業務のなかで、仕事への認知をとらえ直す習慣をいかにつくるかだ。たとえば仕事を任された際に、「今のスキルを将来どう活用できるか」と考えたり、仕事と自分の興味関心との関連を考える機会をもつことが、仕事のやりがいの再確認になる。

また、仕事に向かう際に、全体像をあらためてイメージすることも有効だ。今の仕事は、だれの何のためにやっているかを見直す、仕事が完成したら、どんな影響や効果があるかを考える。すると、仕事の面白みや、その仕事をするメリットを再認識できる。頭の中で考えるだけでなく、文書や図などで見える化すると、実践しやすい場合もある。

「忙しさのあまり、仕事の意義を考える余裕がないことも多いでしょう。ですが、たとえば仕事で嫌なことがあってモヤモヤした際に、一度立ち止まって、仕事の意義を思い出し、やる気のスイッチを入れ直す。または、帰りの電車のなかで、今日の仕事で良かったことを少し思い出し、自分の自信につなげるといったことも『考え方の工夫』にあたります」

個々の仕事の種類や裁量権によって、作業の仕方などは工夫を加えるのが難しい場合もあるが、認知の工夫は比較的実践しやすいようだ。

集合研修で実践・振り返りを行う例

櫻谷氏らは企業で働く人向けにジョブ・クラフティングを身につける研修も行っているが、そのプログラムでは6週間の間に2回の集合研修をはさむ(図2)。

初回ではジョブ・クラフティングの基礎知識を学び、「やりたい仕事があるのに時間がない」「関心がない分野のプロジェクトリーダーになってしまった」などの事例をつうじて、どうすれば前向きに仕事ができるか、前述の3つの視点で考えてもらう。

前項①の「タスク」の工夫では、身近であるがゆえに、「これまでに何気なくやっていた工夫も、タスクの工夫に当てはまるんだ」という気づきが重要になる。②「人間関係」の工夫については、日々のコミュニケーションの仕方を見直し、より働きやすさを高めるような人とのかかわり方を考えてもらう。 ③「認知」の工夫に関しては、自分の仕事のやりがいや考え方を見直してもらう。③はそれまで実行したことがない場合も多いが、研修で取り組んでもらうことによってもっとも変化しやすい傾向にあるという。

「これら3つをセットで取り組むことで、より仕事のやりがいの向上につながると理論上考えられるので、3つの工夫を試すことをお勧めしています」

初回研修の後半では、日々従事する主な業務2~3種について、それぞれどの程度、ジョブ・クラフティングができているかを大まかに振り返り、3つの工夫の視点で何ができるかを個人で考えた後、グループや全体で共有していく。

最後に「何を、いつ、どこで」するかを具体的な計画に落とし込み、約1カ月の実践期間を経て、2回目の研修で振り返りと再計画を行う。自らやってみる期間を設けることで、ジョブ・クラフティングに対する理解やモチベーションも大きく変わるという。

また、同じ職位同士(管理職同士・部下同士など)でグループワークをした方が、より自分に合った工夫を共有しやすいと櫻谷氏。

「お互いに実践している“工夫”を研修内で知ることは、仕事を進めるうえでとても役に立ちますが、特に、同じ職位同士で工夫を共有すると、自分に近い仕事の悩みや新たな工夫を知ることができるのでお勧めです」

定着のポイントは実行しやすさや会社のメッセージ

「研修前は『自分はそんなに工夫していない』『仕事で生き生きすることはない』と考えていた方でも、研修が進み、実際に行った工夫やその感想をグループで共有し始めると、自身の強みに気づいたり、意図的でなくても工夫していたことをあらためて知ったりする機会になります。普段の取り組みに、少しプラスで意識し、新たな工夫を試すことで、自分の気持ちの変化を実感する。それが次のジョブ・クラフティングを促します」

また、ジョブ・クラフティングを継続していくためには、実行してみた本人が、どれくらい実行しやすかったか、さらにそれを実行することでポジティブな気分(やりがい・楽しさ)が向上したか、について意識して振り返ることが鍵になるという。

「実際に工夫してみた際に、実行しにくいものや、やってみても気分の高まらないものは定着しません。いろいろな工夫を試す過程で、自分に合った工夫(ジョブ・クラフティング)を増やしていくことが重要になります」

個々人がジョブ・クラフティングに関して学び実践することも重要だが、上司や管理監督者など周囲が理解していることや、定着を歓迎・サポートする雰囲気があることも大切なポイントになる。

「会社からも『ジョブ・クラフティングを推奨している』とメッセージを届けることで、受講生や、その重要性を理解した社員の方々は背中を押されます。仕事へのやりがいは、個人が考えるべき問題だと認識されがちですが、仕事のやりがいを向上させることは、個人のメンタルヘルスの向上と、仕事の生産性向上にかかわり、ひいては企業全体の生産性向上に貢献することなのです」

理念や目標に結びつけるなどして、「自ら創意工夫をして働くことがやりがいにつながる」と伝えることが、職場の精神衛生はもちろん、生産性や組織能力を高めそうである。

SPECIAL COLUMN遊びながら学べるカードゲームでジョブ・クラフティング!

櫻谷氏がジョブ・クラフティングの定着方法を模索するなかでたどりついたのが、カードゲームだった。どんなルールなのだろう。



櫻谷氏が東京大学大学院医学系研究科の川上憲人教授の研究室に在籍していた 2017 年、教授らとデザインしたのが「わくわくジョブ・クラフティング」だ。

「『ゲーミフィケーション』によってジョブ・クラフティングを能動的に体感することで、理論を実践につなげようと考えました」

ジョブ・クラフティングで挙がる工夫は、「タスク」「人間関係」「認知」の3つの視点で整理できるとはいえ、数多くある。それまでの研修では、どんなときにどの工夫を使えばよいか、その人が実感できる状況で十分に伝えきれないことが課題だった。

「ジョブ・クラフティングは、なりたい自分になるための道具だというメッセージを込めて、ゲームのルールを作りました」

このゲームは、3~4人でプレイする。1人がラジオ番組のリスナー(視聴者)役となり、その他の人はパーソナリティ(DJ)となる。リスナーは、どんな働き方をしたいか、「エースになりたい」「自分に自信をもちたい」「穏やかな日々を過ごしたい」などの『なりたい自分』のカードを選ぶ。

次にリスナーは2つの条件設定のカードをランダムに受け取る。1つには状況(「時間が足りない」「プレッシャーが強い」「ミスをしてしまった」など)が書かれ、もう1つには問題(「疲労感たっぷり」「仕事に興味がもてない」「自信がない」など)が書かれている。

その条件下で理想像を実現するには、どんなジョブ・クラフティングが有効かをリスナーは考えていく。リスナーの困りごとに対して、他のメンバー(パーソナリティ)は、リスナーの気持ちが前向きになるようなアドバイスを行う。

たとえばタスクの工夫として「まずは情報集め」「自分へのご褒美を用意する」など。人間関係の工夫なら「仲間を増やす」、認知の工夫は「興味関心と課題の共通点を考える」など、3つの視点で良いと感じたアイデアをリスナーに提案する。

提案を聞いたリスナーは「わくわくした!」「できそう!」「なりたい私に近づけそう!」のリプライカードから、今の感情に近いものを、提案してくれたパーソナリティへ渡す。

メンタルヘルス研修向けの開発のため、あえて明確な勝負はつけず、リプライカードの内容はプラスのもののみ。研修で実施するほか、まずは人事部から、と担当者が部署で休み時間に行っている企業もあるという。

「人によって、得意な工夫に特徴があります。自身の傾向が見え、また他者のアドバイスを聞くことで、1人では思いつかなかった工夫を知ることもできます。慣れてくると『フリー』のカードで、アドリブを利かせたアドバイスができるようになってきますよ」

ジョブ・クラフティングを理解し、実践を深める入口として、「ゲーム」というのも一考の価値がある。
参考情報:「わくわく・ジョブ・クラフティング」https://shop.so-guu.com/items/16048146

Learning Design 2020年01月刊