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特集│社員に愛される会社とは
│Chapter2│ CASE 1
伊那食品工業
会社があるのは社員の幸せのため
安心・希望とともに幸せに働ける
“社員は家族”を貫く年輪経営

愛される企業といえば、長野県の寒天メーカー・伊那食品工業抜きに語ることはできない。
社員の幸せ” を利益より上位に掲げながら、市場シェアはトップを誇る。
安定した成長を続けながら、いかに社員に愛される会社で在り続けているのか、塚越英弘社長に話を聞いた。


塚越英弘氏 伊那食品工業 代表取締役社長

伊那食品工業株式会社
1958年に木材会社の系列会社としてスタート。
農家の冬の仕事として長野県諏訪・伊那地方で寒天製造が盛んだったことから、業務用粉末寒天の製造を開始。
以降、家庭向け商品や寒天を素材とした食品、ゲル化剤などを開発。2007年グッドカンパニー大賞グランプリ、2017年日本でいちばん大切にしたい会社中小企業庁長官賞など受賞。
資本金:9,680万円 
年商:195億円(2018年12月期実績) 
従業員数:470名(2019年1月現在)

[取材・文]=田邉泰子

「いい会社」をつくりましょう

長野県伊那市、中央アルプスのふもと近くに、幸せオーラに満ち溢れた企業が存在する。寒天およびゲル化剤を製造販売する、伊那食品工業だ。寒天の国内シェア80%、世界でも15%のシェアを誇り、48期連続で増収増益を記録。経済界でも注目を浴びる企業の1つである。

工場が併設された本社を訪れると、3万坪にわたる美しい庭園「かんてんぱぱガーデン」が目に入る(右ページ写真)。社員や市民の憩いの場としてだけでなく、今や伊那を代表する観光地としてドライブやバスツアーでも人気のスポットだ。きれいに保たれているのは、社員による手入れの賜物。始業前の清掃は任意だが、ほぼ毎日、全員が参加しているという。

「『いい会社をつくりましょう』というのが我々の社是です(32ページ図1)。会社が存在する目的は、社員が幸せになることに他なりません。社員の幸せをつうじて、さらには社会に貢献するため、企業活動を行っています」

代表取締役社長の塚越英弘氏はそう話す。いい会社というのは、経営上の数字が優良というだけでなく、会社を知るすべての人が「いい会社だね」と言いたくなるような会社を指すという。

「多くの会社は、利益の追求を第一の目的に置き、“社員を大切にする”“エンゲージメントを高める”ことも、利益を上げる手段と考えているように思います。けれども私たちにとっては、社員の幸せこそが最大の目的です。社員に幸せになってもらうため、楽しく働いてもらうために会社を経営しているのです」(塚越氏、以下同)

社員の幸せを追求する経営とは、いったいどのようなものなのか。なぜ同社の社員は幸せに働けるのか、紹介していこう。

♥社員が幸せに働ける理由① キーワード:伊那食ファミリー
“家族”だから安心して働ける

同社では、何より「社員は家族である」という考えがベースにある。その考えに基づけば、社員に対する考え方から施策や制度に至るまで、おのずと答えが見えてくるという。

「社員500人を“伊那食ファミリー”だと考えています。家族なので優劣をつけることはありませんから、賃金は年功序列を採用しています。様々な社内の制度も社員を家族だと思って設計していますし、家族だから細かなルールも必要ありません」

賃金制度については年功序列で、同世代なら支給額はほぼ同じ。役職手当や人材育成を主眼とした考課面接はあるが、業績給や能力給は設けていない。

「個々の能力を年齢で測ることはできませんが、年長者の社員は、経験により培われた判断力なども含め、長い目で見ればもっとも会社と社会に貢献している存在だと考えています。年齢が上がればライフステージも変化しますが、そんななかでも安心して家庭生活を営めることは、幸せの大きな要素です。弊社は新卒採用・終身雇用が基本ですから、年次に応じて給与が増えるしくみにしています」

管理職は現場のまとめ役にすぎず、役職によるヒエラルキーは存在しない。兄や姉である年長者は弟や妹にあたる後輩たちの面倒を見るのが当然のようになっており、自然と家族のように面倒見のいい組織が生まれている。実際に「先輩みたいになりたい」と、身近なロールモデルを尊敬している新人や若手は多い。

また、同社が職場環境の充実に力を入れるのも、家族みんなに居心地よく過ごしてもらいたいからだ。

「施設も工場も、どこも明るく清潔にしています。夜は工場のラインを止めますし、日中は10時、15時に全員で休憩を取るのが恒例です。これには、安全確保や一家団欒という目的があります。社員のがん保険の掛け金を会社で全額負担しているのも、家族の健康を守るためです」

伊那食ファミリーという考え方に基づいた経営は、会社に対する社員の信頼や絆を深め、安心して働ける環境の提供につながっているといえるだろう。

♥社員が幸せに働ける理由② キーワード:年輪経営
“末広がり”に希望をもてる

「社是を実現するための会社としての心掛け」として同社は3つの項目を掲げているが、その一節にある“末広がりの堅実な成長”も、社員が幸せに働くための鍵といえる(図1)。

「末広がり、つまり“だんだんと良くなる”ということを大切にしています。これから先もいいことが続くと思える状態は、幸せには欠かせないからです」

社員が一番「末広がり」を実感できるのは、給与だろう。社員の給料は毎年、2%前後のペースで必ず上がり続ける。

「利益は必ず社員に還元し、安心して生活を送ってもらえるようにしています。減収減益になってしまった年もありましたが、そんななかでも給料は上げ続けました。必ず給料は上がるという末広がりの感覚は、先が見えない不安を退け、社員に希望を与えることができます」

同社では、急激な成長はあえて避けている。勢い任せの伸びは運やタイミングによる要素も大きく、そう長くは続かないからだ。“今日は幸せの絶頂だけど、明日は不幸のどん底”というような波のある状態ではなく、“ささやかではあるが、明日は今日より幸せになれる”という確信が幸せにつながる。だから急成長ではなく、確実な低成長を狙うのだ。

「我々はこの考えを『年輪経営』とよんでいます。樹齢が増すにつれ年輪の幅は狭くなるが、幹が太くなっている分、成長の絶対量は変わらないという状態です。ここでいう“成長”とは、売り上げや利益といった数値だけではなく、開発力や製造・販売力の拡充、社員の人間性も含めた力量など、定量評価のできない部分も合わせた会社全体の力を指しています。常に研究開発部門に社員の10%を配置しているのも、そのためです」

♥社員が幸せに働ける理由③ キーワード:納得感
すべては自分のためになる

同社では、売り上げや利益の予算も、KPI などの指標も設けない。会社から社員に与える目標も、評価も存在しない。

「数字はもちろん見ますし、長期的な視点で経営ビジョンも描きます。けれども数字で語ることはしません。社員に対しても、自ら目標管理をしてもらいます。それは、人に言われる仕事より自分で決めて行う仕事の方が納得できるし、楽しいからです。それに、そもそも人間は、優劣をつけられるために生きてはいません。人間が人間を評価するから、不平不満が起きるのです。社内の評価より納得感など内側から湧き上がるものの方が、強い動機づけになるし、幸せにつながるはずです」

同社では“忘己利他”の精神を掲げている。これは「自分を忘れて他人に尽くせ」という最澄の教えだが、社員たちに滅私奉公を迫るためにこの言葉を用いているわけではない。

「あくまでも、『人のための行いは、結局自分に還ってくる』という解釈です。つらい思いをする必要はまったくないと。CS(顧客満足)を全社で示し合わせるようなことも、したことがありません。けれどもお客様が喜ぶ瞬間は、誰もがうれしいと思うもの。その感覚を大切に、思いやりのある行動をしようという位置づけです」

自分がいま行っていることは、いずれ自分のためになる。そんな納得感をもって行動できるというのも大切なことだ。

「たとえば毎日、社員たちは、始業時刻の20~30分前に出社して『かんてんぱぱガーデン』の掃除をしますが、これは単にきれいにするだけではなく、自身が気づきを得たり、道具を使う技術を覚えるなど、技量の向上につながるという利点もあります。

また、朝礼では社員が3分のスピーチをするのですが、それはいつか大勢の前で話さなければならない状況になったときのための練習です。一つひとつのことには、すべて意味がある、自分のためになっているということは社員に伝えていますし、それは社員も理解してくれています」

“納得して働けること”は、社員のモチベーション向上、そして幸せにつながっている。

売れるかではなく“正しい”か

同社の組織マネジメントは、50年以上の時を重ねてつくり上げられた。経営の礎を築いたのは、設立時から同社に携わり現在最高顧問を務める塚越寛氏。英弘氏の父親にあたる。

寛氏の幸福主義の源泉は、高校生のころにさかのぼる。肺結核を患い、退学と2年間の療養生活を余儀なくされた。周りの同年代が青春を謳歌するなか、寛氏は健康こそが究極の幸せだと悟った。その後、木材関連の会社に就職し、20歳のころ、子会社の寒天工場の立て直しを任される。現場に入り過酷な寒天づくりの現場で汗を流すなかで、「自分の使命は彼らを幸せにすることだ」と痛感したという。

以来、会社全体を大きな家族ととらえ、社員の幸せを追求するようになる。“人件費は経費ではなく目的そのもの”、“普遍的な理想である進歩軸を意識する”など、独自の哲学を生み出してきた。

そんな父の背中を見ながら育った英弘氏だが、入社当初はその考えが理解できなかったという。

「大学を卒業後は、別の会社に就職しました。バブル景気も重なり、時流に乗って勢いよく成長すること、売り上げや利益、資産を増やすことが是とされていた時代、私も疑いもせずそこを目指していました。ですから30歳で伊那食品工業に入社したときは、朝からみんなで掃除をすることに、何の意味があるのかと思っていましたね」

しかし、同社に参画して4年ほどたったころから、伊那食流の経営が正しいと実感できるようになっていったという。当時、日本の経済成長が失速し、一生安泰ともてはやされた企業や金融機関が次々と経営破綻に陥っていたというのも、英弘氏に会社の在り方を考えさせるきっかけとなった。

「つまるところ、私たちのしていることはものすごくシンプルで、『自分たちがされて嫌なことは相手にもやらない、いいと思ったことをやる』ということなんです。売れる・売れないではなく、正しい・正しくないで判断する。本当にそれだけなのです」

“手伝い合う文化”が効率性につながる

もう1つ、同社の経営のなかで感じられるのは、ムダの排除と効率性である。

「経営会議では、ほとんど資料を用意しません。数字の議論をしないからです。私がまだ若いころ、四半期を振り返る会議で経理部長が決算資料を用意したら、最高顧問が『暇なのか⁉』と叱ったほどです。使う必要のないものをつくっても、生産性はゼロに等しい。それならば、他にやるべき仕事をするという姿勢を徹底しています」

本来の目的を見失い、資料づくりや稟議を通すことに翻弄されている人には耳の痛い話だろう。

また同社の“手伝い合う文化”も効率性につながっている。

「社員たちの配属は決まっていますが、部門を超えて仕事を手伝うことが、日常的に行われています。補い合う習慣により、少ない人数でも十分運営できる。役割による分断がないために、かえって効率がいいのです」

聞けば、R&D(研究開発)チームの研究員や通信販売のオペレーターが、構内の直売店でレジ打ちを行う光景も珍しくないという。普段は販売部門のスタッフが対応するが、団体客が訪れたときなど応援に駆けつけるのだ。また若手社員ならば、誰もが通信販売の受注業務を行える状態にある。ベースにあるのは家族だから助け合うという“伊那食ファミリー”の考え方だが、それが会社全体の効率アップにつながっている。

「人件費を下げる経営などサルでもできる」

日本が低成長時代を迎えて久しいいま、同社の経営手法に興味をもつ企業は多い。トヨタ自動車トップの豊田章男氏もそのひとりで、同社の多くの役員・幹部が伊那市の本社を訪れている。けれども独自路線を貫くなかで、英弘氏は「ブレそうになったことは何度もある」と振り返る。

「2005年に寒天の健康効果が注目されたときは、生産量が注文に追いつかない状況になりました。このときは社員からの要望もあり、工場を24時間フル稼働にしたのです。けれども続きませんでしたね。みんなが疲弊していくのが明らかだったので。それに1年もすればブームは収まります。確かにその年は売り上げも利益も大幅にアップしましたが、その後は減収減益が数年間続きました。このときは当時会長を務めていた最高顧問も含め、急成長の怖さを再認識しました」

「社員に利益を還元する」という同社の基本方針を忘れそうになることもあった。リーマンショックにより、日本中の企業が落ちこんだときだ。同社も少なからず影響を受け、業績は芳しくなかった。その際、英弘氏は、社員の昇給率を例年よりも下げようと人事と検討していたという。

「ところがこのとき、最高顧問が反対したのです。『人件費を下げる経営など、サルでもできる』って。“社員の幸せの追求”という原点に立ち返れば、給与方針には絶対手を入れてはいけない。このときは頭をガツンとやられた気分になりました」

日本企業と年輪経営

このエピソードからも、末広がりの幸せを実践することは並大抵のことではないと理解できる。ただ英弘氏は豊かさの本質に迫れば、大切にすべきことが見えてくるという。

「人あっての経済活動のはずなのに、今はそれが逆転しているように感じます。それは正しいことなのでしょうか。世界に目を向けるのは大切ですが、グローバルスタンダードの下で戦うことに意味があるのか。アメリカや中国と同じやり方では、勝負は目に見えています。スイスのように、日本もよその国にはまねできないオリジナルのシステムをつくるべきだと思いますね」

塚越氏は今後の課題について、規模の拡大と理念の両立を挙げた。現在500人ほどの社員を擁するが、1,000人、2,000人の規模になってもいまのような経営ができるのか。それは大きな挑戦になるという。

「けれども私たちの手法は先進的というよりも、少し昔ならごく当然だった要素ばかりです。つまり日本人がもち合わせた文化や民族性に、なじむやり方ではないかということ。その意味で年輪経営と相性のいい日本企業は、意外と多いのではないかと感じます。それを証明するうえでも、取り組んでいきたいです」

最後に、社員に愛される企業になるにはどうすればよいかという問いに「愛が目的そのものでなければ。打算的では愛さえ生まれませんよ」と答えた塚越氏。伊那食ファミリーの父として、家族を守る覚悟がみなぎっていた。

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