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9月20日更新

編集部より

9月も下旬になり、少しずつ秋の気配が感じられるようになってきましたね。食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋、などといわれますが、実は秋は「睡眠の秋」でもあるんです。気候が穏やかで睡眠の質を改善しやすい今こそ、ご自分の睡眠と向き合ってみませんか。そこで今回は2019年3月号の『Learning Design』特集「リーダーの睡眠」から『スタンフォード式 最高の睡眠』の著者、西野精治氏の記事をご紹介します。ぜひご覧ください。

特集2│ OPINION 1|
リーダーの睡眠
あなたと部下が「睡眠負債」に
押しつぶされる前に
いま知っておくべき
「睡眠」の役割と改善策

睡眠の役割とは何か。どうすれば睡眠の質を上げることができるのか。
ベストセラーとなった『スタンフォード式 最高の睡眠』の著者であり、世界の睡眠研究をリードするスタンフォード大学で30年にわたり研究を続ける西野精治教授に聞いた。

西野精治(にしの せいじ)氏 
スタンフォード大学 医学部精神科 教授/睡眠生体リズム研究所 所長

profile
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所(SCNラボ)所長。医師、医学博士。1955年大阪府出身。
1987年、スタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所に留学し、過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぐ。2005年にSCNラボの所長に就任。以後、睡眠・覚醒のメカニズムを分子・遺伝子レベルから個体レベルまで幅広い視野で研究を続ける。
著書に『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)、『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』(PHP新書)など。

[取材・文]=崎原 誠

研究が進む「睡眠」の役割

睡眠不足が体に悪い、また仕事の能率を下げるというのは、あえて言うまでもない常識だろう。しかし、睡眠医学の歴史は意外にも浅い。始まったのは1950 年代になってからで、いまだに解明されていないことも多いという。我々は、睡眠のことを知っているようで知らないのだ。

たとえば、あなたは以下の行動を正しいと思うだろうか。

スタンフォード大学の西野精治教授によれば、答えはいずれも「No」である。

「人は通常、長く起きているほど次第に眠くなりますが、不思議なことに普段の就寝時間の直前2時間ほどはもっとも眠りにくい。ですからいつもどおりに寝て、睡眠時間を1時間削る方が、すんなり眠れて、眠りの質を確保できる可能性が高いのです。また、睡眠のなかでもっとも確保すべきなのは、眠り始めの90分。眠気があるならまず寝て、90分たった後に仕事をする方がよいでしょう。靴下については、人は夜になると、体内のリズムで手足の毛細血管から熱を放散し、体温を下げようとするので、履いたままだと熱の放散が妨げられ、眠りの質が悪化してしまいます」(西野氏、以下同)

まだまだ謎の多い睡眠だが、ここ十数年で研究が進み、多くのことがわかってきた。睡眠が注目される契機となったのは、2002 年にサンディエゴ大学が米国がん協会などの協力を得て行った110 万人規模の調査だ。6年間の追跡調査の結果、死亡率が一番低かったのは、アメリカ人の平均的な睡眠時間(7.5 時間)に近い、睡眠時間7時間の人たち。睡眠時間が短くても長くても、死亡率はその1.3 倍にもなった。

また、この調査では、肥満度を表すBMI 値も調べているが、短時間睡眠の女性に肥満の傾向が見られた。のちに動物やヒトで実験をしたところ、睡眠制限をかけると、食べすぎを抑制するレプチンというホルモンが出ず、逆に食欲を増進するグレリンが出て、必要以上に食べてしまうことが明らかになった。

その後の研究で、他にも睡眠と病気の関係が次々にわかってきた(図1)。

「睡眠の役割として昔からいわれているのが、休息、そして眠気の放出です。記憶を整理して定着させる効果もありますし、ホルモンや自律神経のバランスを調整し、免疫力を上げる効果もあります。忘れてはならないのが、脳の老廃物の除去です。脳脊髄液を通じた老廃物の排出が睡眠中に効率的に行われ、これが滞るとアルツハイマー型認知症等の危険も高まります」

抜け出せない「睡眠負債」

一方「睡眠負債」という言葉が2017 年「ユーキャン 新語・流行語大賞」でベストテンに選ばれた。「睡眠不足なんて、寝ればすぐに回復する」と思うかもしれないが、そんな甘いものではない。慢性の睡眠不足による心身への負荷は、借金のように増え続け、気づいたときには体も心も破綻してしまう。少しずつむしばまれていくので、利息が積み上がっていることになかなか気づかない。

では、どれだけ眠れば、眠りの借金を完済できるのか。

「健康な被験者を毎日14 時間、ベッドに入れた実験があります。実験前に平均7.5 時間寝ていた彼らは、初めの1~2日は13 時間ほど寝ていましたが、だんだん睡眠時間が減っていき、3週間たつと、平均8.2 時間で一定になりました。つまり、この人たちは、睡眠時間が1日40 分足りていなかったということです」

だが、注目してほしいのは、好きなだけ寝ても、睡眠時間が安定するまで3週間もかかった点だと西野氏は話す。

「週末に多少長く寝たくらいでは、借金はなくなりません。この調査では、『睡眠が足りていたら、人はそれ以上には眠らない』ということも明らかになりました。つまり、我々が『寝だめ』と言っているのは、将来への預金ではなく、たまった負債のほんの一部を返済しているにすぎないということです」

睡眠負債がたまると、「マイクロスリープ」と呼ばれる脳の居眠りを引き起こす。ほんの数秒であるがゆえに、本人も周囲も気づかない。しかし、もしこれが運転中に起きたら。あるいは大事な商談中に起きたら。「たかが睡眠不足」とあなどっていると、大変なことになる。

「何時間寝ればよいかには個人差がありますが、最低7時間は寝てほしいです。3~4時間の睡眠で平気な人もいますが、普通の人がまねすべきではありません。ショートスリーパーは非常にまれで、そのほとんどは遺伝的に規定されていると考えています」

週末に予定がなければ、目覚まし時計をかけずに寝てみるとよい。普段より1.5 ~2時間長く寝たとしたら危険信号だ。

「寝ること自体はいいんです。もともと不足があるのですから。ただ、根本的な解決のためには、普段の睡眠を増やさないと、いつまでたっても、『睡眠負債』を返済することはできません」

リーダーが行うべき睡眠マネジメント

特に、日本人の睡眠の現状は深刻だ。睡眠時間が100 カ国中最下位※1、日本人の4割は睡眠時間が6時間未満※2というデータも出ている。

あなたが組織のリーダーならば、この現状を見過ごしていいはずがない。睡眠時間が足りなければ生産性は上がらないし、極端な話、メンバーのなかにうつ病や精神疾患が増える恐れもあるのだ。

「まずすべきは、自分が率先して睡眠をとることです。上に立つ人が長時間労働だと、部下もそういう働き方になります。そして、自分だけでなく、部下の睡眠にも気を使い、いかに睡眠が大切かという啓蒙を心がける必要があります。上司が部下に、睡眠について聞けるような職場風土を築くことが大切です」

部下はどれほど睡眠時間を確保できているのか。上司は部下の睡眠についても目を向け、マネジメントをする必要があるということだろう。

「睡眠時間をしっかりとれるような時間の使い方、働き方のマネジメントも上司の役割でしょう。最低でも、部下の時間を奪うことだけはやめてほしい。特に日本では、たとえば会議でも長丁場になることが前提で、平気で人の時間を奪っているように思えます。部下の時間を奪うことは、部下の睡眠も犠牲にしているということを自覚してほしいですね」
※1 2016 年にミシガン大学が100 カ国を対象に実施した睡眠時間に関する調査より
※2 厚生労働省「2017年国民健康・栄養調査」より

「黄金の90分」を確保せよ

睡眠時間に加えて大切なのが、睡眠の「質」である。すっきり目覚めることができなかったり、目覚めたときに不快感があっては、質の良い睡眠とはいえない。せっかく眠るのであれば、その恩恵を最大限に受けたいところだ。

睡眠の質を意識する際に、まず知っておきたいのが睡眠サイクルだ。寝ついた後は「ノンレム睡眠」(脳も体も眠っている深い眠り)になり、90分ほどすると「レム睡眠」(脳は起きていて体が眠っている状態)が現れ、それを4~5回繰り返す(図2)。最初のノンレム睡眠がもっとも深い眠りで、明け方になると徐々に眠りが浅くなり、レム睡眠の出現時間が長くなる。体が起きる準備をしているのだ。

「大事なのは、最初のノンレム睡眠をいかに深くするかということです。ここで成長ホルモンが多く分泌されるとともに、眠気や疲れの多くが解消されます。免疫や自律神経、ホルモンバランスを整えるのも、老廃物の除去も、最初の90分の果たす役割が大きい。ですから、この“黄金の90分”で深く眠ることができれば、その後の睡眠リズムも整い、翌日のパフォーマンスも上がるのです」

ちなみに、よく、「睡眠の周期は90分なので、90分の倍数分眠ればいい」といわれるが、それは間違い。周期には個人差があり、1周期で20~ 30 分も違う。

睡眠の質を高める2つのスイッチ

質の良い睡眠につながる「黄金の90分」は、どうすれば手に入れられるのか。西野氏の答えはシンプルだ。毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きること。とりわけ就寝時間を固定することが重要だという。ベッドに入るのは日付が変わる前。人間も日内リズム(24 時間周期の体内時計)に支配されているので、夜は眠り、朝に起きるのが理にかなっている。必要な睡眠時間を確保し、規則正しい生活を送れば、睡眠の質は確実に上がる。

ただ、それが難しいのが忙しい現代人。いざ寝ようとしても、寝つきの悪さに苦労している人も多いだろう。そこで紹介したいのが、すぐに眠れる、そして眠りの質を上げるための「2つのスイッチ」である。

●スイッチ① 体温

人は、睡眠中は体の内部の体温(深部体温)を下げて臓器や筋肉、脳を休ませる。一方、手足の温度は入眠前に高くなる。手足にある毛細血管から熱を放散し、効率的に深部体温を下げているのだ。この変化を助けてやれば、入眠しやすくなる。

「お勧めは、就寝90分前の入浴です(図3)。入浴すると、皮膚だけでなく深部体温も上昇しますが、深部体温は上がった分、熱を放散し大きく下がろうとします。40℃のお風呂に15 分入ると深部体温がおよそ0.5℃上昇しますが、約90分で元に戻り、そこからさらに下がっていきます」

ただし、体温が高い間は眠りにくいので、遅い時間の入浴は、シャワーやぬるめの湯で済ませるとよい。足湯も、深部体温はあまり上げずに、足の血行を良くして熱放散を促すので効果的だ。

●スイッチ② 脳

仕事のストレスや肉体的な疲労は、脳を活動モードにしてしまう。悩みごとがあったり、寝る直前まで仕事をしていたり、ゲームやスマホで脳が興奮していると、なかなか眠りは訪れない。明け方になって寝ようとしても、集中していた脳は興奮しているし、日内リズムの影響で、朝が近づくと体は起きる準備を始めるからだ。

「夜は『脳のスイッチ』を切っていき、頭をスリープモードに切り替えましょう。朝~昼間は活動量を上げ、夕方になったらリラックスするというメリハリが大切です。夜はできるだけ頭を使わず、昼間の緊張状態を引きずらないようにしましょう」

入眠をパターン化することも大切だ。環境が変わると脳が反応して入眠が妨げられることもあるので、いつもどおりの時間に、いつもどおりのベッドで、いつもどおりの室温で寝る。トイレの照明が明るすぎるだけでも脳は反応してしまうので、刺激しないように気をつけたい。

ただし、睡眠時間が足りていなければ、これらをやってもしょせん苦肉の策。根本的な解決には、十分な睡眠時間と規則正しい生活リズムが欠かせない。

“睡眠リテラシー”を上げよう

西野氏は、「まず、睡眠に対する理解が大事です。睡眠に対する関心が高まっているのはよいですが、正しい知識をもたずに発言する人もいますので気をつけてください」と注意を促す。

たとえば、家庭医のなかには睡眠薬に詳しくない人も多く、初めて不眠を訴えた高齢者に副作用の強い薬を出してしまうケースも。その場合、転倒骨折や譫妄(せんもう)とよばれる軽い意識障害を起こし、問題行動につながるリスクもあるという。

「安眠グッズも効果がありますが、宣伝にはビジネスが絡んでいるので、あまり情報を鵜呑みにしてもいけません。脳が発達段階の子どもの睡眠も大切で、最近は学校教育に『眠育』を取り入れる自治体も出てきましたが、まだまだ啓蒙は不十分だと感じます。睡眠への理解を深め、良質な睡眠を心がけていただきたいですね」

Learning Design 2019年03月刊