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特集1│INTERVIEW5│
「修造チャレンジ」の
メンタルコーチが解説
まずは、自身のメンタルの
特性を見極めよ
悩むところはとことん悩む
メンタルトレーニング法

テニスのジュニア選手を育成する「修造チャレンジ」で、創設時より20年以上にわたり子どもたちのメンタルサポートの責任者として活躍する佐藤雅幸氏。彼が定義するメンタルとは。
また、メンタルを強化するためにはどうすればよいのか、話を聞いた。

profile
佐藤雅幸(さとう まさゆき)氏
専修大学 スポーツ心理学 教授/同 スポーツ研究所 顧問

1982年日本体育大学大学院体育学研究科修士課程修了。
専修大学女子テニス部を創部し、監督を務め1992年には全日本大学王座優勝。
現在は、同スポーツ研究所顧問を務める。松岡修造氏が主宰する「修造チャレンジ」創設時より、メンタルサポートの責任者として活躍。
著書に『起きあがりことば 心の筋肉に効いていきます』(朝日出版社)、『人は、なぜ負けパターンにはまるのか? ―泥沼から抜け出し、「勝ち」をつかむ心理学』(ダイヤモンド社)など多数。

[取材・文]=平林謙治

大坂選手のメンタルに効いたカウンセリングマインド

―心・技・体のうち、心の部分が成長したことで一気に世界の頂点に駆け上がったアスリートといえば、女子テニスの大坂なおみ選手の例が記憶に新しいです。以前は感情にムラがあり、コートで怒りを見せることも少なくありませんでしたが、何が彼女を変えたのでしょう。

佐藤雅幸氏(以下、敬称略)

前コーチのサーシャ・バイン氏のサポートが大きいですね。女子プロテニスでは試合中、選手がコーチを呼んでアドバイスを受ける「オンコートコーチング」が認められる試合があります。話している内容は、マイクを通じて視聴者にも伝わりますね。短い時間でのコーチングですから、なかには一方的に指示を伝えるだけのコーチもいますが、サーシャは、劣勢に立った大坂選手に呼ばれると、まず「どうしたんだい?」と優しく問いかけ、折れかけた心の声に耳を傾けるところから始めていました。そして彼女が落ち着きを取り戻し、「私はどうすればいい?」と聞いてきたら、そこではじめてアドバイスを口にするのです。技術や作戦の指示よりも、まずはカウンセリング(傾聴)。いまはコーチ関係は解消していますが、大坂選手のメンタル面には、サーシャのアプローチがよく効いていましたね。

―佐藤教授は現在、テニスのジュニア選手を育成する「修造チャレンジ」でメンタル面をサポートされていますが、そのなかでも、サーシャコーチのような“ カウンセリングマインド”をもったメンタルトレーニングを重視されています。

佐藤

何より大切なのは、まずは選手の話をよく聴くことだと考えています。選手はいまどんな気持ちなのか、何をしようとしているのかといった選手の話に耳を傾けるのです。どんなに選手が強くなりたいと訴えてきても、風邪を引いて弱っているときにハードトレーニングをしてはいけませんよね。まずは身体を癒さなければなりません。それは、メンタルも同じです。試合中に限らず、勝てなくて悩んでいる人や落ち込んでいる人は心が弱っている、マイナスの状態なんです。ですから、その声に耳を傾け、マイナスをゼロに戻すことが最優先です。

コーチはつい、マイナスからプラスへ一気にもっていこうとしてしまいがちですが、弱っている相手に押しつけるのは逆効果です。心に響かないし、やる気も起きないでしょう。「悩むこと」を否定するのも間違いです。勝ちたいから悩むのであって、悩まない人は伸びません。

ポジティブの塊のような松岡修造君も、素顔はとても繊細で神経質です。彼が悩みもがき苦しむ姿を、私はたくさん見てきました。悩んでいるときは弱い自分やダメな自分と向きあって、とことん悩めばいい。その行為そのものが、精神力を鍛えるためのメンタルトレーニングともいえます。

メンタルは魔法ではない

―佐藤教授は、スポーツのメンタルトレーニングには、主に2種類あるとお話しされています。具体的な内 容を教えてください。

佐藤

1つめは、「サイコロジカルスキルトレーニング」です。たとえば目標の設定の仕方やリラックス法などを学んで、実際に使えるようにトレーニングしていきます。

2つめは、自分のものの見方や考え方、人生の生き方に対する気づきを促すような、より内省的で哲学的なところに焦点を当てたトレーニングです。歴史学者のA・J・トインビーが「現代人は何でも知っている。ただ知らないのは、自分のことだけだ」と述べていますが、まずは、自分の強さや弱さ・ダメな部分の根っこにまでさかのぼり、今の自分を見据えることが、タフなメンタルをつくり上げるための鍵となります。ですから、競技者にとっては、この2つのトレーニングを同時並行(デュアル)して行うことで効果が出てくるのです。

しかし、メンタルトレーニングを行う前に真剣に考えなければならないことがあります。それは、「本当にメンタルの問題なのか」ということ。失敗するとすぐに「メンタルが弱いからだ」と言う人がいますが、私自身、長くテニスのコーチをしてきた経験から言うと、勝てない原因の多くはメンタル以前の問題で、単純に技術や体力が足りないからです。メンタルさえ鍛えれば勝てると、魔法のように安易に考えてはいけません。

メンタルの要素を理解する

―具体的に「メンタル」には、どのような要素があるのでしょうか。

佐藤

徳永幹雄九州大学名誉教授らが作成したDIPCA(心理的競技能力診断検査)によると、競技力にかかわる心理的要素は12に分かれます(図1)。 講演やセミナーに行った際に参加者の皆さんに聞くと、メンタルとは何かがわからないまま、「自分はメンタルが弱い」と思っている人が多い。しかし、メンタルの問題は本来、「強いか、弱いか」という単純な話ではなく、「忍耐力はあるけれど、闘争心や決断力に欠ける」など、選手一人ひとり違うはずなのです。テストなどを行い、それを明らかにしたうえで、効果的な指導をしていくのが、私たち専門家のアプローチです。

―そのような要素を強化していくためには、どんなトレーニングが有効なのでしょう。

佐藤

たとえば、「リラックス能力」を高めるため、自己暗示をかけるというトレーニングがあります。人間は緊張すると精神性の頻尿になりやすいですよね。しかし、出すモノをただ出すのではなく、自分のなかの不安や迷い、恐れなどのネガティブ要素も一緒に排出されていると自身で暗示をかけるのです。これは、国立スポーツ科学センターでオリンピック選手に配られる『メンタルのツボ』という冊子にも載っています。

また、本番で全力を出し切るために、自己ベスト+10% の記録を具体的にイメージするような目標設定の仕方もトレーニングの1つです。たとえば修造チャレンジの生徒たちも、小さいころから、自分で目標を設定する訓練をしています。自分の現状を冷静に見極め、自分を高めるための目標を自身で設定するというのは、モチベーションをコントロールしながら成長し続けるという意味でも欠かせないスキルです。

その他、子どもたちには、本気の「じゃんけん」をさせることで、勝ち負けや悔しさを意識させ、闘争心を養うトレーニングや、自信や決断力をつけるために、メニューを見たら1分以内に注文を決めるといったトレーニングも行っています。これは、松岡修造君自身が、現役時代、実際に行っていたことでもあります。

苦しい状況を乗り越えるイメージが大切

―12のメンタル要素は、ビジネスパーソンにとっても欠かせないものです。なかでも、自己コントロール 能力や勝利意欲を養うためのトレーニング法はありますか。

佐藤

自己コントロール能力については、まずは「イメージは自分でつくっている。そして、つくれる」ことを理解していただきたいですね。一般的には、ポジティブなイメージを想起させるトレーニングが有名ですが、実は、ストレスの原因を除去し緩和するために、自分が失敗した苦しい状況を思い浮かべ、そこから対処し、乗り越えていくための「コーピングイメージ」が大切です。コーピングとは、ストレスに対しての対処法を意味しますが、臭いものに蓋をするのではなく、真正面から向かいあう姿勢こそが重要なのです。

また、勝利意欲をつけるには、課題をうまくコントロールしてあげることも必要になります。無理にレベルの高い試合に出場して負け試合が続くと、「学習性無力感」に襲われます。試合をする前から負ける結果を予測してしまう、いわゆる負け犬根性です。テニスであれば、若干レベルを落としても、大会で勝つ方法、勝つ感覚を味わって次の課題に行くのが理想的です。そのためには、勝利と敗戦の回数のバランスをとることが大事であり、プロのコーチが一番腕を発揮するのは、試合の選び方ともいわれます。

良いコーチは「スランプ」と言わない

―少し背伸びをすれば手が届くような目標・課題を与え、成長実感やモチベーション向上につなげていくというのは、職場の上司ももつべきスキルです。佐藤教授は、選手だけでなく、数多くのスポーツ指導者とも交流されていますが、“ 良いコーチ”の共通点を教えてください。

佐藤

いいコーチは感情的にならず、学習理論に基づいた指導を行います。スポーツは、練習すればするほど右肩上がりにうまくなり、結果もついてくるというものではありません。学習曲線と呼ばれる競技力の向上パターンがあり、上達したと思ったらガクッと伸び悩み、また成長する、というのを繰り返すのが一般的です(図2)。

伸びが止まったり、少し勝てなくなったりすると、すぐ「スランプ」などと騒がれますが、本当のスランプは、かなりレベルが上がってから一気に落ちる状態を言います。ですから、アマチュアレベルで言う「スランプ」は、実は大半がスランプではなく、「プラトー」と呼ばれる一時的な停滞期。“次に伸びるために力をため込んでいる状態”といってもいいでしょう。

選手本人はどうしても「下がっている」と思いこみがちですが、ここを我慢すればレベルアップできると導いてあげることで、泥沼にはまらずに済みます。こうした理論を正しく理解している指導者は、安易に「スランプ」などと口にしません。

―「修造チャレンジ」はスタートして20年を超えました。また、約10年前からプロ野球選手のメンタル面のサポートも担当されています。かつて佐藤教授に指導され、いまはコーチとして教える側に回っている元選手も増えています。

佐藤

その筆頭格は、やはり修造君でしょう。彼とは、いまでは想像もできない、丸刈り頭でいたずら好きの少年だったころからの付き合いですから(笑)。彼から「修造チャレンジ」の構想を聞き、協力を求められたときは、正直、半信半疑でしたね。身長188センチメートルと身体的に恵まれた修造君でさえ、自己最高ランキングはシングルで46位。それを超える日本人選手を育てるなど夢のまた夢だと、当時は、プロジェクトに対して皆、否定的だったんです。

私も複雑な思いを抱えて参加したのですが、結果はご存知のとおり。錦織圭選手をはじめ、世界に通じるエリートが出てきましたね。私も皆さんも、修造君の強烈な「できる! やれる!」の暗示にかかってしまったのかもしれません(笑)。

成功要因の1つは、コーチである修造君自身が選手時代からメンタルの大切さを理解し、それを生かして指導にあたったことにあると、私は見ています。実は、プロ野球球団でも同じことが起こっていて、新人や若手のころからメンタルトレーニングに興味をもち、熱心に取り組んでいた選手ほど、一軍に昇格して活躍したり、引退後もコーチとして成功したりするケースが増えてきました。率直に、うれしいですね。

スポーツ選手が現役で活躍できる時間は“ドッグイヤー”。技を磨き、体を鍛え、限りある競技人生をより濃密に充実させるための鍵は、やはりメンタルにあるといえるでしょう。

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